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「幽霊が見える」ーー阪神淡路大震災では聞かれず、東日本大震災で聞こえてきた理由

2011年3月の東日本大震災発生から10ヶ月ほど過ぎた頃「『幽霊が見える』と悩む被災者」という報道があった(2012年1月18日 産経新聞)。行政の相談窓口に持っていけるような話ではなく、親族にも相談しにくい。宗教界の人々が被災者の相談を受け、心の傷の癒やす役割を担おうとしているという内容であった。この報道の後にも複数の新聞社が被災地の幽霊の話題を取り上げている。新聞報道になるほど数多く見聞きされた幽霊現象は、東北学院大学の学生のフィールドワークによって調査され、ある学生の卒業論文にもなった。あの時の被災地での幽霊現象とは何だったのだろうか。

参列する理由は人それぞれだが、葬儀は参列すること自体に意味がある

自分が当事者にならぬ限り葬儀とは参列することに意義があるものではないか。故人の人生最後の舞台が葬儀であり、参列者は観客に例えられる。故人との直接間接、濃淡強弱の付き合いの違いはあるだろうが、参列者それぞれの思いで舞台鑑賞するのだ。この舞台も時代の流れにさらされていくのだろうか。葬儀の場に臨んだ参列者がどういう舞台を鑑賞しているのか好奇心をたくましくして心のうちなども覗いてみることにしよう。


ハプスブルク家の最後の皇太子 オットー・フォン・ハプスブルクの葬儀

2011年7月16日、ウィーンのシュテファン大聖堂にて、ハプスブルク家最期の皇太子、オットー・フォン・ハプスブルク氏の葬儀が行われた。オーストリア首相を始め、欧州各国の王族や元君主達が出席した葬儀は、帝国時代の伝統に従い執り行われ、帝国時代の国家「神よ、皇帝フランツを守り給え」の唱和で締めくくられると、当時の装束に身を包んだ5千人以上の行列が、ハプスブルク家の旗で覆われた棺をマリア・テレジアも眠るカプツィーナ教会へと運んだ。既に民間人となっていたオットー・フォン・ハプスブルクだが、彼の葬儀はなぜこのような国を挙げての葬儀となったのだろうか。

遺産分割協議をやり直すことは可能か?やり直す方法と問題点を解説!

相続が争族になった。このような言葉を一度は聞いたことが有る方は意外と多いのではないだろうか。相続の手続き上、最も重要なものの一つが遺産分割協議だ、被相続人の所有する財産を相続人の誰がどれだけ相続するかを相続人達全員で協議する。被相続人が生存している最中において、被相続人立会いのもとで遺産分割協議を実施するのが最も望ましいが、様々な事情から実現するのは困難な場合が多い。そして、冒頭の如く最もトラブルになり易く、揉めてしまうのが遺産分割協議なのだ。相続におけるトラブルとは、事実上遺産分割協議でのトラブルと言っても良い程なのだ。


日常生活から隠蔽されている死。隠蔽されることの弊害と死を学ぶことの意味

日本では死とは厭うべきもの、穢れているものであった。特に遺体は「死穢」と呼ばれ、あらゆる穢れの中でも最も忌み嫌われ、同じ空間にいることすら遠ざけられた。これは迷信でもなんでもない。むしろ現代においても一層顕著であると思われる。現代社会は死を徹底的に遠ざける傾向がある。
東日本大震災の映像では当然映っているはずの遺体の姿を見ることはできない。死者を見せ物にするのは忍びないという思いも大きいだろうと思うが、それ以上に遺体を醜悪なもの、見るに耐えないもの、見たくないものという感情もあるのではないか。しかしそのように死を隠蔽することは果たして正しいことなのだろうか。

台東区根岸の西蔵院に祀られている「お行の松」について調べてみた

今年は台風が多く発生した。例えば台風24号は、9月29日に沖縄付近を強い勢力で通過し、翌日には和歌山県に上陸し、近畿から東北を縦断し北海道まで進んだ。最大瞬間風速は鹿児島県で56.6メートル、降水量の最大値は宮崎県で96.6ミリと記録的な猛威を振るった。これによってJR四ツ谷駅の線路内に木が倒れる事故が起こった。撤去のため、東京新宿間はしばらく運行停止を余儀なくされ利用客に大きな打撃を与えた。ところで、撤去されたあの木はどうなったのだろうか。東京の下町・台東区根岸には、「枯れた木」が大切に祀られている。その「枯れた木」とは、「お行の松」のことである。


葬儀を背景にしている小説「葬式の名人」と「婚礼、葬礼、その他」の比較

1968年にノーベル文学賞を受賞した日本を代表する文豪、川端康成は1922年に短編小説「葬式の名人」を発表した。また、2009年に芥川賞を受賞した人気作家、津村記久子は2008年に「婚礼、葬礼、その他」という小説を発表している。共に葬儀が物語の背景となっている小説だが、それぞれの小説が発表される間には86年もの歳月が流れており、作者の年齢差は79歳となる。異なる川端康成の「葬式の名人」時代に描かれた葬儀にまつわる二つの小説の共通点、相違点、描こうとしたものを読み解いてみよう。

葬儀業界で急激に伸びている新たなビジネス「遺体安置ビジネス」

平成29年(2017年)12月に発表された日本の人口統計によると、出生者数が94万人であり、死亡者数が134万人であった。少子高齢化が進み人口の自然減が40万人となり、人口減少に歯止めがかからない状態となっている。その結果を踏まえ、葬儀に関して新たなビジネスが注目を集めているという。それは、遺体安置ビジネスなのだそうだ。


セックス・ピストルズの仕掛け人「マルコム・マクラーレン」のパンクな葬儀

1970年代後半にイギリスを席巻したパンクムーヴメント。その火付け役だったのが、1975年にデビューしたバンド「セックス・ピストルズ」だ。「アナーキー・イン・ザ・UK」「ゴッド・セイヴ・ザ・クィーン」といった反体制的な歌詞、安全ピンを取り入れた攻撃的なファッション、メンバーのスキャンダラスなライフスタイルなどでメディアから注目されたセックス・ピストルズ。しかし、こんな反逆児の代表のようなピストルズ誕生の背景には、奇抜なアイデアで時代を先読みする仕掛け人がいた。それがマルコム・マクラーレンだ。

人の死とその葬儀はその人の家族観に多大な影響を与える。だからこそ…

そもそもお葬式は何の為に、誰の為に行うものなのかというと、故人と残された家族の為に行います。故人は残された家族に対して、この家族が素晴らしい家族であることを伝えたいでしょう。そして、この家族であることを誇りに思ってほしいとも思うでしょう。 その想いをお葬式を通じて最後に伝えます。そして、残された家族は故人に一生分のありがとうを伝えます。亡くなった故人がやすらかに眠れるように残された家族は大切な方がいなくなってしまったことに区切りをつけ、明日からも続いて行く人生に向けての一歩を踏み出せる様に、親族を中心に縁のある方々が家族を励ます場でもあります。故人のお陰で家族の絆が深まります。


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