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好きなものを好きなだけ食べることができる年齢や能力の問題と最後の晩餐

イエスが処刑される前日に、弟子とともに晩餐をした様子が描かれたレオナルド・ダ・ヴィンチによる「最後の晩餐」。イエスはパンとぶどう酒は自分の肉体と血液と例え、弟子たちに与えたと言われている。また、近年魚料理と言われていたものは、うなぎのオレンジスライス添えという事が判明したとか。その絵画にちなんでか「死ぬ前に食べたいもの」は度々話題になる。また平均寿命から、残りの食事回数を割り出して、食事を疎かに出来ない、美味しいものを食べたいという話も聞く。

「墓地が生活圏にある日本 夜出歩くのが怖くないのか」と報じた中国メディア

中国メディアに掲載された記事によると、中国人は墓を恐れるという。日本では墓地は寺の境内などにあることが多く、都市部では住宅地など日常生活から比較的近い場所にあるのが一般的と言える。一方、中国では墓地は人里離れたところにあることが多いとのことである。墓を恐れるということは、死や死者を恐れることに他ならない。日本人にとって墓や死者は身近な存在である。この違いはどこから来ているのだろうか。


登山家・栗城史多と第12代景行天皇の皇子・ヤマトタケル

去年の5月21日、8回目のエベレスト挑戦で、下山中に滑落してしまった登山家・栗城史多(くりきのぶかず、1982〜2018)が35歳の若さで亡くなった。生前、栗城は、山に登るときには必ず、「プジャ」というヒンドゥー教のお祈りの儀式をすると自らの著作の中で明かしていた。石塔をつくり、赤、青、緑、黄、白の旗に経典が書いてある「タルチョ」を四方に渡す。そこで僧侶がお祈りを捧げる。この儀式は、現地のシェルパたちにとって、とても重要なものだ。栗城はその際、「成功させてください、登らせてください」などの「お願い」をすることはなかった。

江戸時代に政治的敗北を喫した仏教 当時の庶民はどう捉えていたか

江戸・徳川時代の仏教が語られることは多くない。仏教伝来、崇仏論争、大仏建立、密教伝来、鎌倉新仏教といったセンセーショナルな出来事が江戸時代にはなく、また、江戸仏教を「葬式仏教」に堕落したとみる向きもある。今日、仏教といえば葬式であろう。いわゆる「葬式仏教」の原型は鎌倉時代にまで遡ることができるが、檀家制度など現代に直結する葬式仏教の形式は江戸時代に確立された。それ故、江戸仏教は本来の仏教でないと批判されることが多い。しかしそれは歴史を鳥瞰するにおいて、ある視点が抜けているともいえる。それは「庶民・民衆」からの視点である。


最高裁まで争われた終末期患者の延命治療の是非について

1998年11月、喘息で川崎公害病患者に認定されていた型枠大工Aさん(当時58歳)は喘息の重積発作から心肺停止状態で川崎協同病院に運び込まれた。当時病院の呼吸器内科部長でAさんの14年来の外来担当医であった須田セツ子医師は主治医として治療にあたったが、Aさんは2週間後に死亡した。3年後に同病院のU医師の内部告発により、須田医師は殺人罪で起訴され、川崎協同病院事件と呼ばれている。

死とどう向き合うかを説く仏教と死を拒否するキリスト教

死の恐怖と悲しみは耐え難い。不慮の死に際して残された者はなぜ?と問わずにはいられない。そして結局は諦め、現実を受け入れるしかない。それは自分の死に対しても同じである。人は誰もが死ぬ。死んだ者は生き返らない。それは仕方ないことである。 しかし、誰がそんなことを決めたのか?本当に人は生き返らないのか?なぜ死などという理不尽を受け入れなければならないのか。多くの宗教が死をいかに受け入れるかを説く中で、世界最大の宗教は死を拒否する宗教であった。


ピンピンコロリ(PPK)を実現するために必要な6つ

「ピンピンコロリ(PPK)」とは、今まで元気(ピンピン)に行動していた人が突然ほとんど苦しむこともなく、コロッと死ぬことである。お年寄りは寝たきりになって家族や介護の人に世話になり迷惑をかけて死にたくない(ネンネンコロリと言う。別名NNK)との気持ちから多くのお年寄りが望んでいることだと思う。

老人によるトラブルが起こる度にため息が漏れるようになってしまった

2017年3月20日〜4月7日にかけて行われた、20代、30代、40代、50代、60代、70代以上の男女に対する、日経BPコンサルティングによるインターネット調査(有効回答数961人)によると、年金や医療、介護保険制度について、「高齢者を優遇しすぎか」という問いに対して、最も不満を持つ割合が高かったのが30代で、82.5%が「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と回答した。20代も約8割が不満を抱いていた。


【葬式といえば寅さん?】「男はつらいよ」から読み解く「死者の帰郷」

映画「男はつらいよ」シリーズの最新作の制作が発表された。すでに鬼籍に入っている渥美清(1928~96)演じる「フーテンの寅さん」こと、車寅次郎の出演シーンは合成して制作するようだ。この映画には昭和を生きる庶民の生活が描かれている。それと同時に「死者の帰郷」という日本人の宗教観を見いだすこともできる。

学問の神様、天神様、祟り神、渡唐天神など様々な逸話が残る菅原道真

平成が終わり、令和の時代となった。その「令和」ゆかりの、福岡県太宰府市の坂本八幡宮がにわかに脚光を浴びているが、「太宰府」には忘れてはならない人物がいる。それは今日、「学問の神様」として、日本国中の受験生や、その親御さんたちの間で強い尊崇を集めている、菅原道眞(すがわらのみちざね、845〜903)だ。



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