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偲ぶつもりだった。でもなぜか笑っていた。志村けんと生と死と笑い。

故人を偲ぶはずの追悼番組で大いに笑わせて頂くという体験をした。死者数8万6289人(4月9日午前4時現在。AFP通信)にのぼるウイルスの猛威の中、生と死とそして笑いについて考えてみたい。

博多にある龍宮寺に残る人魚塚・人魚の掛け軸・人魚の骨を調べてみた

九州の玄関口、九州の博多駅中央口を出て、メインストリートの大博通りを海側に向かって10分ほど歩いたところに、現代的なビルの間に挟まるような格好で、「龍宮寺(りゅうぐうじ)」という、小さなお寺がある。浄土宗で、正確な年月日は不明だが、平安末期に、谷阿上人が開山したという。お寺であっても、いわゆる観光スポットではなく都会の目立たないお寺であるため、知らない人はそのまま通り過ぎてしまうだろうが、実は龍宮寺には、1953年に再建された「人魚塚」、そして常時一般公開はなされていないが、人魚が描かれた掛け軸と、人魚の骨が安置されている。


相続人数が多い場合は遺言書だけでなく遺言執行者の選任がおすすめ

名作『二十四の瞳』を御存知の方も多いのではないだろうか。瀬戸内海に面する村を舞台として、戦争の悲壮さを描いたものである。名作には直接関係は無いのだが、つい先日相続人が二十四人も存在するというとある案件を筆者が手伝った際、唐突にこの作品を思い出してしまい、案件終了後外出を控えている現在この名作を読書中なのである。

科学と宗教は水と油?偉大な科学者は有神論者?科学と宗教の距離感

欧米諸国には「チャプレン」という聖職者がいる。一般的には病院内でキリスト教の教えに基づき、死に直面した患者などに寄り添う人たちを指す。現在その活動は拡大し、軍隊や刑務所などの施設に属しているチャプレンも多い。日本でも僧侶が末期患者に寄り添うための「ビハーラ」活動が仏教諸宗派によって展開されているが、欧米に比べて根づくことなく停滞しているのが実情だ。その要因のひとつとして、日本における科学と宗教の分離があると思われる。


生活保護制度の葬祭扶助は憲法25条に基づきどんな人にも尊厳ある葬儀を保障している

資本主義経済の我が国において、貧富の格差は必然的に生じるもの。そうした資本主義体制の不完全さを補うために、日本国憲法25条の最低生活保障の理念に基づいて運用されているのが生活保護制度だ。今日では、ほんの一握りの不正受給問題等により、生活保護受給者に対するバッシング等が見受けられるものの、生活保護制度の必要性は否定できないし、これからもすべての人のもしものために必要な「セーフティネット」となる制度であり続けることは明らかである。

著名人という理由で自殺は公表されるべきか?公表されるならそのタイミングは?

連日の新型コロナウィルス関連のニュースが続く中、若干目立たない格好になっているが、2年前の2018年3月7日、学校法人森友学園の小学校開校にまつわる疑惑が露見した後、大阪・豊中市の国有地売却問題の処理を担当していた財務省近畿財務局勤務の赤木俊夫さん(1963〜2018)が遺した、A4で7枚の手記とメモの全文が、『週刊文春』2020年3月26日号に掲載された。


台東区浅草の観光名所である浅草寺の「西仏板碑」について調べてみた

1970年代から今日に至るまで、若者世代のファッション文化の牽引役であり続けてきたJR東日本山手線の原宿駅が、今年3月21日から東京都内最古とされる木造駅舎と、鉄筋新駅舎との供用を始めた。「古いもの」と「新しいもの」が今現在「共存」している格好だが、開催延期が決まったことから、いつになるのかは不明だが、東京オリンピック・パラリンピック開催後に解体し、防火に適した素材を用い、木造駅舎を再現した形で建て替えられるという。

菌を供養する日本人。日本人が人以外の生物を供養する理由とは。

20年ほど前、勤務先が築地にあり、毎年築地市場近くの波除神社に初詣に出かけていた。波除神社の祭神はお稲荷さんで「災難を除き、波を乗り切る力を授けてくれる神社」として地元の人々や築地市場関係者、近隣に勤務のサラリーマンに親しまれており、遠くからパワースポットの御利益にあずかりたいと観光客も大勢参拝に来ていた。神社には築地市場関係者により生活の糧である魚介類の恵みに感謝して、供養塚がいくつも建てられている。魚河岸で活魚を扱う仲買の団体による活魚塚、鮟鱇の仲買商による鮟鱇塚、てんぷら料理協同組合と海老仲買業者による海老塚などが建立されている。


遺言書の作成依頼は弁護士・司法書士・行政書士・税理士の誰が良いか

不要不急の外出を控えつつ、運動不足解消を兼ねて自宅の庭で縄跳びをしながら考えごとをしていた。と言うのも先日友人から遺言書作成の依頼先についてメールで質問を受けたからだ。選択肢は弁護士、司法書士、行政書士、税理士だ。しかし、専門家と言っても得手不得手がある。税理士に相談しても遺言書は専門外として、作成を断られた例もあるのだ。では、誰に相談し作成を依頼すれば良いのだろうか。今回は遺言書を作成する場合、誰に依頼すれば良いのか簡単に解説してみよう。

殉教は命を捨てる行為なのか。あるいは命以上に大切なものが見つかったと考えるか。

人が死の恐怖を克服できる場面があるとすれば、そのひとつは自分の命以上に大切なものを見出した時だろう。例えば「殉教」はその究極の形である。「殉ずる」ことと命を粗末にすることは何が違うのか。



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