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森鷗外にとって「サードプレイス」だった小倉時代の墓所探訪

今年4月から施行された「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(働き方改革関連法)」を受け、残業を規制する企業が増えてきた。しかしその影響から、定時に家に帰っても「居場所がない」「育児や家事を手伝わなければいけない」ということで、あえて街を数時間、フラフラ歩き回った後に帰宅する「フラリーマン」が顕在化しているという。

【四苦八苦】ヒトとして不可避の苦しみと人として生きていく上で味わう苦しみ

「四苦八苦してようやくローストビーフが出来上がった」なんて、日頃使ったりしないだろうか。どうにか、こうにかして完成にたどり着いたような二アンスを伝えるのに使用したりする。しかしそもそも四苦八苦の語源は仏教用語の一つである。お釈迦さまが6年の苦行の旅を経て「人生とは何なのか」の苦難から悟りを開き、弟子に万人共通の苦しみを言葉として表現したのが四苦八苦だ。


キレイ好きで清浄を好む日本人と清濁併せ呑み込むガンジス川

インドのガンジス川といえば聖なる川として有名だが、一方で死体を流しているその隣で沐浴する人がいたり、水を飲んだりするなどの「不潔」な光景がよく知られているところである。そこは生と死が、聖なるものと俗なるものが混濁し、生も死も聖も俗もひとつの流れとなる悠久の「生命の河」というべきだろう。しかし清浄を好むほとんどの日本人には受け入れがたい光景ではないだろうか。清浄を好み不潔を嫌う心性は、「死」を穢れとして厭うということになる。河に遺灰、遺体を流す行為は灰を海に撒く「自然葬」と同じように思えるが、日本の自然葬とはその内実はかなり異なる。そもそも「死」は不潔なのか。

宗教や文化、地域、立場でそれぞれ異なる忌み言葉と葬送儀礼

忌み言葉には常に対立的な概念がある。死者がよみがえるということは、人によっては好ましいことであると同時に他の人にとっては恐ろしいことだ。埋葬された死者に対する恐怖が、吸血鬼ドラキュラの伝説を生み出したといえる。魔術の世界では、物や人の本名を知ると、その存在をコントロールできるといわれている。だから本名はめったなことでは口に出してはいけないといわれている。 私たちの感性の中で、死と血は密接に関連している。それは忌避すべきものであると同時に、キリスト教の儀式では、イエスキリストの肉体と血の象徴として、パンとワインを分かち合う。これは吸血鬼とは違い、感謝と祝福の象徴だ。


「憑依」を取り扱った作品をいくつか紹介

人気作家 東野圭吾が大ブレイクのきっかけは小説「秘密」である。「秘密」は日本推理作家協会賞を受賞している。「秘密」は1999年に滝田洋二郎監督の元、小林薫と広末涼子で映画化された。私は「読んでから見るか、見てから読むか」(一世を風靡した角川の出版と映画をコラボしたキャッチコピー)は成り行き任せだが、ストーリーが複雑な場合は読んでから見るほうが映画も判りやすいと思っている。なぜなら、昔「ダ・ヴィンチコード」を見た時、内容がさっぱり理解できず、原作を読んでようやく理解できたことがあったからだ。そして「秘密」は原作を先に読んでいた。

地域コミュニティの脆弱化が引き起こす諸問題と新宗教に期待されるある役割

無縁社会、孤独死の問題が深刻化している。SNSの普及や趣味の多様化など、むしろ昔に比べて人とのつながりを増やす機会は増えているにも関わらずである。その一因に地域コミュニティの脆弱化が挙げられるのは間違いない。横のつながりが希薄になりやすい現代社会において、社会との不適合が指摘されやすい新宗教によるコミュニティが意外な可能性を秘めている。


スマホ普及が遺影写真に選ぶ一枚に変化を起こすかもしれないという話

葬儀の場においてその中心を占める象徴的な存在といえば遺影ではないだろうか。参列者は遺影に迎えられ、遺影に見送られる。棺桶に眠っている遺体に接するよりも、遺影を見て手を合わせ、遺影に向かって弔辞を述べる。著名人の本葬ともなれば巨大な遺影がその宗派の本尊かと思うほど会場を圧する迫力である。家の仏壇も本尊を差し置いて位牌と遺影が中心を飾っている。その遺影の内容も時代と共に変わってきたようだ。

煽石(天然のコークス)を発見し、その利用方法を生み出した村上久三郎

福岡県北九州市若松区と戸畑区とを結ぶ、真紅の若戸大橋からほど近いところに、若松恵比須神社がある。約1800年前、熊襲平定に向かった神功皇后が洞海で光る石を海底から引き上げ、御神体として航海の安全を祈願したという鎮座の由来を持ち、漁業・海運・商売の神を祀るこの神社の片隅には、明治22年7月に建てられたという白い石碑が据えられている。この石碑は元々、内陸部に位置する修多羅新倉、或いは若松港周辺にあったとされるが、いつの間にか若松恵比須神社の境内に移され、今日に至っている。石碑に刻まれているのは、村上久三郎(1818〜1879)という人物だ。


日本三大怨霊の一人である平将門が残したとされる数々の祟り

1988年に公開された映画「帝都物語」は魔人加藤保憲少尉を演じた嶋田久作の顔の長い異様な容姿のインパクトが強烈で、莫大な製作費と勝新太郎、平幹二朗、宍戸錠、阪東玉三郎、高橋幸治など豪華なキャストと相俟って、当時大変話題を呼んだ映画であったが、先日初めて見る機会があり、この映画の裏の主人公が平将門であることを知った。原作者は荒俣宏でこの「帝都物語」で日本SF大賞を受賞している。

好きなものを好きなだけ食べることができる年齢や能力の問題と最後の晩餐

イエスが処刑される前日に、弟子とともに晩餐をした様子が描かれたレオナルド・ダ・ヴィンチによる「最後の晩餐」。イエスはパンとぶどう酒は自分の肉体と血液と例え、弟子たちに与えたと言われている。また、近年魚料理と言われていたものは、うなぎのオレンジスライス添えという事が判明したとか。その絵画にちなんでか「死ぬ前に食べたいもの」は度々話題になる。また平均寿命から、残りの食事回数を割り出して、食事を疎かに出来ない、美味しいものを食べたいという話も聞く。



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