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熊本県荒尾市に500年近く遺っている「妙見石室」という祠を調べてみた

明治・大正時代から、戦中戦後。戦後復興から高度経済成長。更にバブル経済の狂騒から崩壊に至った20世紀末まで、三井三池(みいけ)炭鉱万田(まんだ)坑・四山(よつやま)坑を擁し、「炭都」として活況を呈していた熊本県北西部の荒尾市には、「妙見石室(みょうけんせきしつ)」と呼ばれる、珍しい遺物がある。

生者からの赦しと死者からの赦しの違い、赦す難しさ、赦されざる死者とは

葬儀が執り行われる斎場には様々な思いが交錯する。嘆き、哀しみ、喪失感、闘病からの解放や大往生など、場合によっては安堵感や達成感すら見いだされることもある。「赦し」もそのひとつだ。見落とされがちな、死者と残された生者における「赦し」とは。


「おくりびと」が映画化された経緯と原作「納棺夫日記」が非表記の理由

一生のうちで、喪主として葬儀を行う経験をする人はごく稀で、経験をしない人の方が圧倒的に多いだろう。ごく稀であるだけに、葬儀の手続きや手順に不慣れで不安であるから、葬儀に関する手引書や解説書は必需品で、数多くの書籍が出版されている。それに比べ葬儀業界に関する書籍の出版はそれほど多くなく、まして映画となると私の知る限り、野坂昭如原作の「とむらい師たち」と青木新門の「納棺夫日記」を元ネタにした「おくりびと」の2作品があるだけである。「おくりびと」はどのような経緯で映画化され、なぜ原作と原作者のクレジットがないのだろうか。

「輪廻転生」や「生まれ変わり」を取り扱ったアニメや映画を紹介

「前世占い」が人気があるように、人は誰しも、自分が誰かの生まれ変わりだと、少なからず信じているのではないだろうか。「輪廻転生」とは、死んであの世へ行った魂が、新たな肉体に宿ってこの世に生まれ変わるという意味であり、古代から現代に至るまで、また、仏教国だけでなく広く世界的に抱き続けられている概念だ。「輪廻転生」が多くの映画やアニメなどでテーマとして描かれているのもその証明だろう。今回は、そんな「輪廻転生」や「生まれ変わり」をテーマにした作品を少しご紹介したい。


リフォームで相続税対策する場合のやり方と注意点を解説

平成25年(2013年)に税制改正が行われた。それまで有効とされてきた相続税対策のうち、居住用不動産のリフォームについて、当該税制改正により効果が半減してしまった。しかし、やり方によってはある程度効果のある相続税対策とされる。果たして、実際のところはどうなのか簡単に解説してみよう。

高額料金とランク制の二つだけで戒名を否定している人に考えてほしいこと

昨今の葬儀不要論において最も槍玉にあげられるのが戒名だろう。意味のわからない名前を半強制的に与えられ、法外な金額を取られる戦犯のような扱いである。戒名が必要か不要かは各々の価値観に任せるとしても、戒名について考えることは「名をつける」という事がどういうことか、言葉とは何かを考える機会でもあると思われる。


小倉城と城内に残る三基の塚(花塚、筆塚、茶筌塚)について調べてみた

小倉城の「小倉」とは元来、海抜10m前後の低地を古くから日本では「こくら」と称してきたことに由来するものだが、ここは関門海峡に面した地域であるため、古くから防衛のために城が築かれていた。現在の小倉城がある場所に城が立ったのは1569(永禄12)年。毛利氏の手による小規模なものだった。1600(慶長5)年の関ヶ原の戦いの後、細川忠興(ただおき、1563〜1646)が豊前国一帯を治めることとなり、小倉藩が成立。それに伴い、大規模な城が築かれた。1632(寛永9)年に細川家が熊本藩に移った後、小笠原家が小倉藩主となり、それが廃藩置県まで続いた。

【モノのお葬式】左義長や人形供養など、供養はヒトだけではなくモノも対象

セレモニーホールで「人形供養」をしますという広告があった。私たちは、モノを捨てることにこだわりを持つ民族のようだ。小正月に左義長がある。正月飾りを捨て難いとご先祖様が考えた儀式だろうか。供養というと仏教だが、神社で何かを燃やす行事も小さなお葬式に思えてならない。そういえば、「針供養」もニュースで観た事を思い出した。私が知らぬだけで他にも色んな供養があるのかもしれない。


生前葬のメリット・デメリット、費用相場、まだまだ一般的でない理由等を解説

成人の日、ツイッターで興味深い記事を見かけた。長期間癌の治療を受けている初老の女性が、自分が亡くなった後に葬儀はしなくていい、その代わり自分が生きている内に親しい人や懐かしい人達と会って、楽しく過ごせる時間があればそれが自分にとっての供養。生前葬も直に開催するから、楽しくやりたい…と言った内容であった。葬儀や埋葬の有り方が、従来とは変化している現在、未だ一般的ではないかもしれないが、生前葬について紹介する。

慰霊は宗教的行為?もしも宗教的行為ならば無宗教慰霊施設をどう考えるべきか

日本は政教分離の原則が守られ、公的な場におる無宗教性は徹底されている。しかし、それが慰霊の場にも適用されると様々な矛盾を孕むことになる。無宗教的な慰霊とは何なのだろうか。最近下火ではあるが、戦没者の慰霊施設としての国立追悼施設の建設をめぐって議論が交わされていた。政教分離の原則から、この施設は「無宗教」であることが条件である。宗教とは人知を超えた存在、つまり神仏や霊、また現世とは異なる他界異界の存在を認める世界観である。慰霊という行為は当然、死者の霊を慰める宗教的行為だ。しかし、霊がいないなら慰霊する必要があるのだろうか。無宗教の慰霊とは誰に何に向かい合っているのだろうか。



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