現代は非論理的思考は感情論だと見下され、科学的根拠のない仮説や現象は一蹴される。だが人は科学、学問を発展させながら、理性では測れない何かも求めてきた。インド仏教の敗北とキリスト教の勝利は、洋の東西で起こった興味深い現象である。

なぜ仏教は発祥の地インドで滅んだのか?
仏教は発祥の地であるインドでは仏教はほぼ消滅している。ほぼというのは現代ではアンベードカル(1891-1956)、佐々井秀嶺氏らの尽力で仏教復興の動きが展開されているからである(新仏教運動)。逆に言えば“復興”と言わざるを得ないほどインドにおける仏教は死に体だった。
仏教は無我論・無神論を展開する哲学であった。特に死後の存在を担保する、創造主などの超越的他者の存在を否定したのは宗教としては致命的だったといっていい。現代のインテリなら称賛するこれらの要素は、救いを求める衆生にはやはり足りなかった。その需要に推されてか、インド仏教の最終形態・密教はヒンドゥー教の神々を吸収し仏弟子にした。しかしそれは仏教のヒンドゥー化となり、ヒンドゥーはヒンドゥーで仏陀を神々の一人として吸収するようになる。こうして仏教とヒンドゥーの違いが曖昧になっていき、仏教の哲学的な要素は薄くなっていった。さらにヒンドゥー側からは、複雑な教義・祭祀儀礼を否定し、神々への直接の帰依、祈りを重視するバクティ運動が盛り上がった。そこにイスラム勢力が侵攻、寺院が破壊されるなどして仏教は駆逐されていった。だが同じくイスラムに攻撃されたヒンドゥー教は生き残った。その違いはやはり仏教の哲学的な立ち位置故だったと思われる。仏教はその教えからも都市部や知識層に支持されていた。対してバラモン教から続くヒンドゥーの伝統は、土着習俗としてインド庶民の生活に深く根付いており、簡単に消滅するようなものではなかった。理知的な仏教は民衆の心の奥まで浸透しなかったのが敗因といえた。インドで滅んだ仏教は中国に伝来し、中論・唯識などより精緻な哲学理論を完成しつつ、一方で、信仰としての面に特化した阿弥陀信仰、浄土教が成立していくことになる。浄土教は日本で法然が「専修念仏」ー「南無阿弥陀仏」を唱えるだけで救われる易行ーへと昇華した。これ以降、日本でも知的エリートのものだった仏教が民衆の間に浸透していくことになる。
なぜ非科学的なキリスト教が、理性の地ヨーロッパを席巻したのか
地中海世界。プラトン、アリストテレス、ピタゴラス、アルキメデス、ユークリッド…人類の頭脳というべき理性・知性を生み出した地、古代ギリシャ。哲学、数学、物理学と古代ギリシャが生んだ学問・文化は世界を変えたといってよい。その後、ローマがこれらの文化を継承したが、そのローマで、当初は迫害されながらも最終的に「国教」にまでなった宗教がキリスト教である。キリスト教は神の子イエス・キリストが死後復活したという非科学・非常識の極みといえる教えを説いた。理性の極致ともいえる学問を生み出したギリシャ・ローマ文明をなぜこのような「おとぎ話」が席巻したのか。
ギリシャ哲学、特にソクラテス以後は理性を磨き、「善く生きる」ことを説いた。ソクラテスの死に際しての態度や、プラトンの死後世界の証明は倫理・論理を極めている。しかし普通の民衆には真似はできないし、理解もできない。一方、キリスト教は神を信じ、神に委ねれば救われるというわかりやすい救いの道を説いた。ヨーロッパの民衆も「知」「理」より「信」「情」を選んだのである。とはいえ、ヒンドゥー教が仏陀を取り込んだように、キリスト教もギリシャ哲学を取り入れている。プラトン、アリストテレス、プロティノスの哲学は、スコラ哲学、キリスト教神学の各学派の形成に大きな影響を与えた。キリスト教は現代に至るまで世界を支配しているといっても過言ではない。
「死の恐怖」と「悲しみ」を癒やすもの 宗教の普遍的な役割
インド仏教がなぜ滅んだのか。キリスト教が世界を飲み込んだのはなぜか。これらは多様な要因が複雑に絡んでいる。今後も研究が進められていくにしても、民衆の思いが学問より宗教を選んだということには変わりがないと思われる。水は低きに流れる。知識偏重の現代においても、人が人生の辛さ・苦しみ、死の恐怖・悲しみから救いを求める限り宗教は滅ぶことはない。