映画「もののけ姫」でも登場し多くの人に知られるようになった、たたら製鉄。そのたたら職人たちが信仰する神が金屋子神(かなやごのかみ、かなやごしん等)である。鉄の神として崇敬されているが、民衆の間には「死」にまつわる奇怪な伝承が残されている。

もののけ姫でおなじみ たたら製鉄と金屋子神
金屋子神は製鉄の神である。砂金から鉄を作るたたら職人から崇敬され「たたら」には必ず祀られている。現在でも金屋子信仰の総本山、金屋子神社(島根県安来市)には鍛冶職人や鉄鋼関連企業などから信仰を集めている。
金屋子神は播磨国(兵庫県南西部)に降臨し、現在の社地に移った。その後は自ら「村下」(たたら職人)となり製鉄に励んだ。これが中国地方における、たたら製鉄の始まりとされている。金屋子神社では、金屋子神は女神であるともされ(男神との説もあり)、神社では「生み出す」という属性から女性とされたのではとしている。だがこの金屋子神、歴史の影に伝わる民間の伝承にまで手を伸ばすと異形の神の姿が見えてくるのだ。
死を好み、産を嫌う金屋子神の謎めいた伝承
金屋子神は産の穢れ、血の穢れを極端に忌むとされる。他方、死の穢れ(黒不浄)については、まったく忌まないどころか、これを好むとされている。たたらでは鉄がうまく取れないときは、村下の死体を入れた棺桶を担いでたたら場の周りを回ると良いとされた。さらに死体を壁に括り付けて作業をすると上質の鉄が取れたという。本当にこのようなことを行っていたのかは定かではないが、伝承としては各地に残されている。実際には無かったとしても、このような伝承になるだけの異形ぶりが金屋子神にはあったのではないだろうか。
日本では贄を求める神は多くはないが、まったくいないわけではない。諏訪神社の御頭祭、蛙狩神事は有名である。しかし明確に人間の死体を求めるのは、日本の神としては異形と言わざるをえない。金屋子神は謎めいた神といえる。
ある伝承では、金屋子神が宿を求めたが、その家の者はお産があったからと断った。次の家では死人があったが快く泊めてくれた。そのため金屋子神は産を嫌い、死を好むようになったという。そもそも金屋子神は女性、それも醜女なので産を嫌う一因でもあるとも言われている。たたら職人は妻が生理の時は、たたら場に入らず、出産のときには仕事を休んだという。
陰陽五行説から説明する論もある。陰陽五行説では、木は燃えて火を生み、火は燃やした木を土にする。さらに、土・金・水・木と続いていく円環のシステムである。土から金が生まれるのは、砂鉄から鉄を精製する過程そのものである。
清きを尊び、穢れを嫌う日本の神々
日本人のきれい好きは知られているが、その背景には神道、神社があると思われる。日本の神々は清浄を好み、穢れ・汚れを嫌う。生理を赤不浄、出産を白不浄と呼んで、血を穢れとし忌避したほどだ。その中でも特に死の穢れ、死穢は黒不浄とも言われ、最も忌避される最悪の穢れだった。たとえ貴人といえど死体は死体であり、死者が出た家の者は一定期間、外出や鳥居を潜ることを禁じられた。神社は葬式(神葬祭)を行うこともあるが、境内では決して許されない。葬式帰りに配られる浄め塩も死を穢れとするなごりだろう。神道では穢れを祓い、浄め、心までも清浄になるとき、魂が浄化された状態「清明心」(きよきあかきこころ)が宿るとされている。徹底的な清浄へのこだわりが日本人の清潔さの背景にあるとしても的外れではないと思われる。
こうした中において、金屋子神の特異ぶりは際立つ。だが陰陽五行説が説くように、金は土から生まれる。死体は土に還り養分になる。見方を変えれば、死は生を生むともいえる。金屋子神はなぜ生そのものといえる産を厭い、死・死体を好むのか。筆者は「御霊信仰」に似たものを感じる。憤死した菅原道真は学問の神として崇敬を集めている。都を恐怖に陥れた道真の霊を「天神様」として祀ったのは、たたりを収めてもらうだけではなく、その強大な力によるご利益を求めてのことであった。金屋子信仰も死体を死穢、黒不浄と言いつつも、人知では計り知れない死の世界に不可思議な力を見いだしたのかもしれない。
タブーを越えて語り継がれる民衆の深層心理
たたらと死体云々はあくまで民間伝承であり、一般的な金屋子神信仰の中心的な要素とは言い難い。だが、東北のかくし念仏や、高知県の陰陽道いざなぎ流のような民間信仰は、本願寺や安倍晴明の末裔・土御門家などの「本家・正統」から異端とされながらも脈々と受け継がれてきた。金屋子神をめぐる死穢の伝承は、扱うものがものであるだけに、怪異譚の類に閉じ込められがちである。だがそれが民の間で語り継がれてきた「死」と「生」に関する伝説・神話である以上、そこに込められた深い意味を読み解くことで、寺や神社が表だって語れない民衆の死生観が見えてくるのである。