物質世界(この世)を超えた、非物質世界(あの世)に科学技術で迫ろうとする探究は、正統派の自然科学からは異端とされながらも絶えることはない。アメリカの超心理学者、ロバート・モンロー(1915〜1995)もその一人である。彼はヘミシンクと呼ばれる意識の変容技術を開発し非物質界とのコンタクトを試みた。

ロバート・モンローとヘミシンク
モンローは大学で電子工学とジャーナリズムを学び、放送界でラジオ・テレビ番組制作に従事。その後、独立してメディア系企業家として成功した。1958年、身体が振動する奇怪な現象を体験し、さらに体外離脱体験(OBE,Out of Body Experience)へと至った。離脱中のモンローは距離の離れた場所に住む知人の様子を観察した。帰還後に電話で確認するとすべて一致していたという。その後も離脱体験は続き、コントロールできるまでになる。さらに検証を重ね、体外離脱によって認識される非物質世界の実在と、人間の意識が肉体を超えて存続することを確信した。
1970年代、モンロー研究所を設立。意識の探究、変性意識などの研究を行った。モンローは自身の振動体験に着目し、一般人でも同じ体験を共有できるとする「ヘミシンク(Hemi-Sync)」技術を開発した。ヘミシンクは、「バイノーラルビート」という脳内現象を基盤にした技術である。これは左右の耳に異なる音響周波数の音を同時に聞かせることで、 脳が周波数差を感じ取ると、独特の脳波状態が生まれるというもの。ヒーリングミュージック、リラクゼーションサウンドなどに応用される。だがヘミシンクは、バイノーラルビートとは異なり、同じ音響周波数を組み合わせて脳波を同期させ、意識の変容を促す手法を取った。さらに様々な音響技術を組み込むことで、深い瞑想状態や変性意識状態へ導くことができるとしている。モンローによると変性意識状態とは「死者の意識」と同じものだという。死者に意識が存在することが前提としてあり、その意識と同じ状態にすることで死後に行く非物質界を認識できるという理屈である。
フォーカス・レベル
モンローによると非物質界はいくつもの世界が存在する多重構造となっており、音響振動数に応じて、各レベルの世界にアクセスできるという。その際の変性意識状態を「フォーカス・レベル」と名付け、ひとつひとつの意識レベルに番号を振った。そのいくつかを紹介する。なお数字自体に意味はない。
通常意識が「フォーカス1」、明晰夢に近い「フォーカス10」。深い瞑想状態である「フォーカス12」「フォーカス15」。そして、三途の川のような、この世とあの世の境界線「フォーカス21」を通過すると、死後世界「フォーカス23」から「フォーカス27」までの領域に入る。26までは執着・固執の段階で、27に進まなければ永遠にここにいることになる。27は転生する準備段階。来世どのような生命に宿るかを選択するが、ほとんどは人間に生まれ変わるという。ここまでが通常のサイクルで、モンロー理論では輪廻転生とは物質世界とフォーカス27までの領域を繰り返すことだといえる。面白いのは「フォーカス22」で、麻酔、昏睡状態、また認知症、薬物・アルコール依存による錯乱状態だという。このレベルは速やかに通過しなければならないだろう。さらに、仏教において輪廻転生の円環から脱する「解脱」があるように、フォーカス27のさらに先がある。しかしここからは宇宙レベルの話になり、正直なところ筆者にはついていけない領域である。興味のある諸兄に委ねたい。いずれにせよ、ヘミシンクによってこうした死後世界を探訪できるという。モンロー理論が正しければ、人間の意識の深奥が非物質界とつながっていることになる。
意識とリンクする「あの世」
非物質界が重層構造になっており、人間が意識を深めるとリンクされるというモデルに、仏教の唯識思想がある。意識は8つの層から成り立っており、その深奥には「阿頼耶識」という、個人の意識を超えた広大な精神フィールドが広がっていると説く。また古神道の大家・川面凡児は、瞑想による意識の深まりを、7つの鳥居を潜ると表現している。鳥居のひとつひとつには意味があり、最終的に本殿に至るという。本殿とはモンロー理論ならフォーカス27の先の領域に該当するといえる。ダンテの「神曲」、源信の「往生要集」など、天国や地獄を階層的に捉えた作品もこうしたビジョンが基になっているのかもしれない。生きている私たちの心の最奥部が「あの世」への入口とつながっているとしたら、死を恐れる必要はないといえるだろう。フォーカス27までを体験できれば死の恐怖はほぼ消え去るとも言われる。
最後は信仰
ヘミシンクによって認識される非物質界とは実在するものなのか、脳内現象に過ぎないのか。私たちの認識はこの脳という枠組みを通してのみ行うことができる。非物質界が実在したとしても、それを認識するのが脳である限り、すべては脳内現象であるといえる。結局は信じるか信じないかに帰結する「科学」による非物質界へのアプローチは、今後も一部の間で続けられると思われるが、最後はやはり、信仰ということになりそうである。
付記
ヘミシンクはCDで気軽に体験できるが、必ずしも希望通りの体験ができるとは限らない。また、バイノーラルビートについて認知能力を妨げる可能性を指摘する研究もあるとのこと(注)。しかしヘミシンクとは似て異なるものでもあり、今後の研究が待たれる。
参考資料
■ロバート・モンロー著/川上友子訳/坂本政道監修「体外への旅」ハート出版(2007)
■坂本政道「体外離脱と死後体験の謎」学研(2006)