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命が勿体ない現代 文化で異なる死生観 名誉の殺人の正当性

人命は地球より重いという。しかしそれは全人類が共有すべき普遍的真理といえるだろうか。命に対する価値観、死生観は国や民族などによって様々である。異なる文化の異なる死生観を私達は受け入れるべきか、断固否定するべきなのか。

命が勿体ない現代 文化で異なる死生観 名誉の殺人の正当性

人の命の軽さを思い知らされる每日

私達はどのような関係であれ人の死に関係した時は、その人の死を悼み、冥福を祈るために弔いの場に赴く。「冥福を祈る」ことをしない浄土真宗の門徒であれば、極楽往生を願い念仏を唱える。唯物論者であれば自分自身の哀しみにけじめをつけるために行くだろうか。葬儀や通夜でなくても不慮の事故で亡くなった、縁もゆかりも無い人に花を手向けるに事故現場に訪れる人は多い。たまたま通りかかった人なら手を合わせることもあるだろう。人の死とは生きている私達にとっても特別な出来事である。

その一方で、人の命の軽さを思い知らされる每日でもある。事件、事故、紛争、戦争などの報道で、〇〇人が死亡と記号のような表記が伝えられるのはもはや日常茶飯事だ。先日も「イスラエル軍がアラブ武装組織ハマスの幹部を殺害したと発表した」と報じられた。「殺害した」。殺人である。そもそも戦争自体が殺人行為だが、国が堂々と「殺害」したと発表するのは、命の価値が時と場合によると言われているようである。

名誉の殺人とは

アジア、中東などの一部では「名誉の殺人」なる因習が未だ根付いている。名誉の殺人は婚前交渉や駆け落ちといった男性との「ふしだらな行為」を行った女性らを「家族の名誉」を汚す大罪を犯したとして、一族郎党が殺害する因習である。イランやパキスタンなど主に中東地域のイスラム文化圏で行われることが多いが、イスラム教の教えに「名誉の殺人」なるものは存在せず、地域に根付く「掟」のようなものである。またインドでも多く行われており、こちらはカースト制度に端を発するもののようだ。とはいえ、イスラム教は極めて厳格な宗教であり、女性の行動が制限されるなどの問題もある。家の名誉のために家族を殺すという苛烈な掟が生まれた要素のひとつではあるかもしれない。

筆者がYouTubeで視聴した「VICE NEWS」の報道動画「パキスタン北部コヒスタンの名誉殺人」(VICE Japan)によると、パキスタンで女性3人が男性たちと同じ空間でパーティーを楽しんだとして、3人と男性2人に死刑宣告が下った。男性2人は脱走したが、その兄弟3人が殺されたという。もちろん女性の運命も長くはなかったようだ。逃げた男性の1人はこれを殺人事件として世に訴えていたが、彼も後に殺されてしまった(モザイクもかけず、所在を特定されかねない扱いをしたVICEの責任は大との声がある)。

とんでもない因習である。加害者は被害者に対し名誉を汚された、つまり侮辱されたと考えているのだろうが、彼らは被害者の命を侮辱したことにはならないだろうか。このような非人道的な蛮行は断じて許されることではない。現在、「名誉の殺人」は国連や各国の人権団体などから激しく批判されている。

真理か傲慢か

この「名誉の殺人」は許されざる蛮行であると筆者は考える。だが、これを蛮行と考える思考は、現代の日本が欧米文化圏であるからに他ならないこともまた自覚するべきだろう。つまり「文化の違い」である。現代日本に住む私達の「自由」や「人権」といった倫理・常識は、近代に欧米・西側諸国から輸入したものであるといえる。明治時代のなりふり構わない欧米文化導入は「文明開化」と呼ばれ、日本土着の習俗、信仰、倫理、常識に至るまで尽く古臭く野蛮なものとされた。私達も「名誉の殺人」を野蛮なものと見ている。だがこれを人類の普遍的真理と言える根拠はどこにあるのか。命の問題であり「文化の違い」で済む問題ではないとの意見もあるが、「文化」とは決して軽いものではない。その国、民族から独自の文化を奪えばもはやそれはその国、民族ではなくなってしまう。サッカーW杯・カタール大会で、カタールの「人権差別」に抗議するドイツに地元民は激しく抵抗し、対戦相手の日本の応援にまわったことがあった。彼らにとっては欧米諸国が頭ごなしにカタールの伝統を否定し、自分たちの倫理を押し付けてきているに過ぎないからだ。グローバル、多様性、世界の常識…これら耳障りのよい言葉は、欧米人権思想の押し付けではないかと、常に心に留めておくことは必要ではないか。

そうした自覚を持った上でもなお、筆者などは名誉殺人を命の尊厳を踏みにじる行為であるとしか思えない。それが欧米文化圏における概念だとしてもである。つまり、結局は欧米文化圏が、非欧米文化圏の死生観を否定し潰す以外に無いことになる。そしてそうなりつつある。だがそれでは欧米列強支配の時代と変わらない。

異文化の死生観という難問

死生観という究極の概念において、それが異なる文化との共生は極めて難しい。中東戦争もイスラム土葬問題も同様である。私達が人命尊重という考え方を変える必要は全くない。ただそれが普遍的真理であるとまで広げてしまうと傲慢になる。人間は神ではない。それを心に留めつつ、異文化の死生観を学び、根気よく向き合うしかないだろう。

ライター

渡邉 昇

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