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儚さや脆さなど死を象徴するヴァニタス画 アートが問う生と死

果物や人工物などをモチーフにした、静物画のジャンルに、死を象徴した「ヴァニタス画」と呼ばれる作品群がある。一見、ただのモノに過ぎない地味なアートが観る者に問うメッセージとは。

儚さや脆さなど死を象徴するヴァニタス画 アートが問う生と死

ヴァニタス画とは

ヴァニタスとは「虚しさ」という意味で、16〜17世紀オランダやフランスなどで流行した。ヴァニタス画の代名詞とも呼べるのが頭蓋骨である。典型的なヴァニタス画は、机の本や楽器、武具、時計などが描かれており、その中になぜか人間の頭蓋骨が置かれている。本や楽器などのひとつひとつにはは意味があり、どれも当時としては贅沢品で、世俗的なモノの象徴だが、そのいずれも結局は「死」によって消滅してしまう。一切は無でありいつか必ず訪れる死はすべてを奪い去る。頭蓋骨は他のモノを嘲笑うかのようである。それだけでも哲学的アートの風情があるが、さらにひとつひとつの「モノ」に意味が込められている。頭蓋骨は「死」そのもの。時計は「時間」の暗喩とされる。時間こそは死の別名とも言えるものだろう。私たち毎秒毎分死に近づいている。花は日本人にはおなじみの儚さの象徴である。楽器の意味するところは中々含蓄深い。ヴァニタス画に描かれる理由は楽器そのものではなく、奏でる音にある。音は生まれた瞬間消えゆく運命にある。私たちは次々と生まれる音を記憶と共に全体化する。「ド」「レ」「ミ」の「ミ」を聴いた時、既に「ド」「レ」は存在しない。しかし記憶に残る「ド」「レ」とつなぎ合わせて「ドレミ」と全体化している。だがそれは私たちが自ら作り出している幻である。

エヴェルト・コリエの「ヴァニタス」は絵画の隅に隠れるようにして頭蓋骨が横たわっている。この絵には剣や鎧などの武具が目立つが、地上最強の人間でも死には敵わないといったところだろうか。頭蓋骨を置いておけば大抵のモノはこじつけることができそうである。この世のすべてのモノや物欲は、ヴァニタス画の主役たる頭蓋骨=死が奪い去るまでのレンタル期間に過ぎない。

メメント・モリとカルペ・ディエム

ヴァニタス画は古代ローマ時代に生まれヨーロッパに定置した警句「メメント・モリ」を発祥とされる。これは「死を想え」「死を忘れるな」などと訳される。人は必ず死ぬ。だから後悔しないように生きよと説く。どうせ死ぬのだから、今を楽しく自由気ままに生きようという刹那主義、快楽主義にはならない。ヴァニタスの頭蓋骨が否定しているのは、まさにそのような現世の快楽である。あくまで人として正しい生き方をしなければならない。なぜならヨーロッパ精神を支配するのはキリスト教的世界観だからだ。現世での生き方は、死後、神の国へ行けるかどうかの試練である。人生は儚い、だが死後の世界は永遠である。つまり「死を想え」とは「死後を想え」と同義なのだ。今を大切に生きろとは、今を自堕落に生きろという刹那的な意味ではなく、死後に備えて、目先の物質や快楽に心を奪われず、今=現世を正しく生きろということなのである。

またメメント・モリと対になって語られる警句に「カルペ・ディエム」がある。「今日を楽しめ」「今を摘め」などと訳される。死は避けられず、いつ来るかわからない。だからこそ、この瞬間はかけがえのない時間だ。メメント・モリが現世を虚しいものとし永遠の世界を見ているのに対し、カルペ・ディエムは、今、この日、この時を享受することを説く。こちらは刹那主義、快楽主義にはニュアンスは近くなるが、やはりそうはならない。かけがえのない時間をくだらないことには使えない。カルペ・ディエムは死ぬからこそ生きることの大切さを教えるのである。現代におけるメメント・モリの意味もこちらに近いかもしれない。

「メメント・モリ」と「カルペ・ディエム」。ヴァニタス画は「死」を意識する概念から派生した。とはいえ、正確には全く同じではない。ヴァニタスは、死に対する生の「儚さ」そのものを強調する傾向がある。メメント・モリが宗教的、カルペ・ディエムが人生論的とすれば、ヴァニタスはより芸術的といえる。それは静物画であることと関係がある。

留められた自然か 死んだ自然か

なぜヴァニタス画は静物画なのか。そもそも静物画とは「生と死」を語りかけている絵画であるといえなくもない。食卓に置かれた果実や切り取った花は自然から離れて、加工された人工物といえる。そもそもアート「Art」とは「人工」という意味である。自ら動かない非自然的なモノを描く静物画は、英語では「still life(静かな、留められた自然)」と言い、フランス語では「nature morte(死んだ自然)」という。例えばドライフラワーは自然から切り取られ、人工物となったモノである。滅ばない静物は永遠の命を与えられたと言える。つまり留められた自然だ。一方で瑞々しい自然の営みから、人間の技術の手に落ちたモノは、死んだ自然であるともいえる。永遠の命か、死んだ自然か。それはそのまま、生とは、死とは、という命題につながる。日本人は「ゆく川の流れは絶えずして…」とあるように、山川草木、花鳥風月の動く自然に儚さを見出したが、ヴァニタスの画家たちは人生の儚さを描く場として静物画を選んだのだった。

アートが問う生と死

風景画や肖像画に比べ変化に乏しい静物画は人気があるジャンルとはいえない。展覧会でも何気なく通り過ぎる人も多いと思われる。ヴァニタス画の流行も近代になると衰えていった。しかしヴァニタス画でなくても、生と死は普遍的なテーマである。死を遠ざけて生きている日常、休日の美術館でアートからの問いを考えてみるのもいいかもしれない。

ライター

渡邊 昇

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