お盆休みが終って残暑がとても厳しいですね。
私はこのお盆休みを利用して読みたい本を読むという読書三昧な静かな時間を過ごしていました。
そしてそれに飽きた頃、帰省して東京に戻ってきた友人と楽しいビアガーデンでの夏の夜を楽しみました。
友人は私と同年代、ご両親はご健在ですけれど高齢。いつ最期の時が訪れるかわからない年齢。
彼女は結婚していて義理のお父さん、お母さんもご健在。
話していて“まだうちの両親は健康だから大丈夫!”と最期の時が来ても心配いらないという安心顔・・・。
私は先日亡くなった父の事を思い出し、他人事とは思えず、思わず助言してしまいました。
「その時が来てからでは遅いよ。突然の不幸に見舞われた時に準備してなければ葬儀社だってどこに頼んでいいのかわからないよ。慌てて依頼した葬儀社は見積もり金額が高い上に内容も不明瞭って事もあるしね」
友人には、私の父の葬儀で得た教訓を話しました。
高齢で亡くなると、参列者も少ないため「1日葬」でもいいかもしれないと伝えると、1日葬も知らなかったようです。
私の父の49日の法要が8月末にあります
私の父の49日の法要が8月末にあります。
1日葬を知らなかった友人ですが、葬儀と同様に法要もどんどん変化しています。
例えば49日に喪服を着るという習慣も変わりつつあります。
一昔前は喪主側も親戚側も喪服が普通でしたが、最近は地味な服装で行う方々も増えてきています。
私の場合も49日はごく身内だけで行います。
お坊さんにも来て頂きますが、この暑さに喪服を着るのは大変です。
出来たら身内だけなので地味目の服装で行おうと思っています。
ごく身内だけの家族葬が増えてくると当然このように49日は必ず喪服という習慣も変わってくると思います。
たとえ習慣が簡略化して変わったとしても大切なのは故人を思う気持ちです。
生前に備えておくことは決して不謹慎ではなく、それこそが故人を思う気持ちの強さだと私は考えます。