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戦死者への慰霊碑をただの石碑に見せかけたその理由とは

最近、「匂わせ」という言葉をよく目にする。例えば、諸般の事情で世間に交際を公にしていない、またはできない男女の芸能人やスポーツアスリート同士が、「交際」「恋愛」感情の「盛り上がり」ゆえか、または他の誰かへの「牽制」なのか。例えばS N Sにおいて、有名ブランドのロゴが見える服を身につけた、「相手」らしき人物が写り込んでいる。同じタイミングで、同じ飲み物や料理の写真をアップロードしている。そして一見、普通の内容だが、実は「縦読み」をすると、相手への恋情が読めるメッセージ…等々、双方だけが「わかる」事物などが発信されることに関して、用いられている。

或いは、新型コロナウィルスの「第1波」、令和2(2020)年4〜6月当時、多くの人々が実際のところは判然としないにもかかわらず、宣伝文句としての「科学的エビデンス」を「匂わせ」た、「空間除菌グッズ」や「免疫力を上げる/コロナを予防する健康食品」が市場に溢れていた。それゆえ、消費者がそれらを妄信し、飛びついてしまうことを警告する雑誌やネット記事も存在していた。

戦死者への慰霊碑をただの石碑に見せかけたその理由とは

日本と海外におけるコンテクストの違い

これらのことだけを見ていると、「匂わせ」は悪い、やるべきではないことのように思われる。しかし、必ずしもそうではない。心理学者の榎本博明(1955〜)は、アメリカの文化人類学者、エドワード・T・ホール(1914〜2009)が提唱した「コンテクスト(context、文脈)度」を挙げ、我々日本人は日常的に「匂わせ」を行なっていると指摘した。

ホールによると、世界の諸文化において、「コンテクスト」への依存が高いところと、低いところがあるという。日常のコミュニケーションにおいて、自己主張を明確に行うことが是とされる欧米諸国であれば、「低コンテクスト」となる。一方、「暗黙の了解」「阿吽の呼吸」「以心伝心」「婉曲表現」…などが当たり前に行われ、もしもそれがうまくできないと、「空気が読めない」「配慮が足りない」「コミュ障」…などと否定的に捉えられがちな日本の場合は、「高コンテクスト」だという。確かに榎本が述べるように、例えば学校やビジネス、或いはプライベートの習い事やサークル、交流会などでの自己紹介などは、その最たるものかもしれない。いくら「グローバル社会」といっても、欧米式の直接的、時にアグレッシブなものを初対面の人の前で「やってしまう」と、どうしても、反感を買ってしまうか、「怖っ!」「意識高い系〜」などとバカにされてしまう。今後、自分がそのコミュニティで「うまくやっていく」、いい印象を持ってもらうために、言葉遣いや態度などで間接的な「匂わせ」を、我々は常に行なっているのだ。しかも、日々の自分の「匂わせ」が「うまくいかない」、または周囲から様々な「匂わせ」をされることをスルーできず、心に残り続け、挙げ句の果てには学校や職場に行けなくなってしまう人もいる。

もちろんこのようなことばかりではない。芸術や文学などにも「匂わせ」は存在する。

例えば、世界中の人々に愛されている17世紀オランダの画家、ヨハネス・フェルメール(1632〜75)の作品『ヴァージナルの前に座る若い女性』(1670〜72年頃)を見てみよう。ピアノに似た小型鍵盤楽器・ヴァージナルに手を置いた清楚な若い女性が、絵を見る我々がいる「こちら側」を見つめている。それならまさにタイトル通り、「ヴァージナルの前に座る若い女性」を描いたものということになる。しかし「こちら側」から見て、その女性の真後ろには、著名なオランダ人画家、ディルク・ファン・バビューレン(1595頃〜1634)作の『取り持ち女』(1622年)が架かっている。その絵に描かれているのは、娼婦と客、そして彼らを取り持つ、江戸の遊郭で言えば「やり手ババア」に充当する老婆が描かれている。何故、よりによって、『取り持ち女』なのか。花や果物が描かれた静物画や、家族の肖像画ではないのか。『取り持ち女』なのは、フェルメールならではの「匂わせ」があるのだろう。

横浜市港南区にある梅花山成就院の石碑

横浜市港南区にある梅花山成就院の石碑

このような「匂わせ」だが、歴史に翻弄された結果、「そうせざるを得なかった」、悲しい事例も存在する。

京浜急行線の屏風浦(びょうぶがうら)駅から歩いて20分前後の、神奈川県横浜市港南区笹下(ささげ)に、梅花山成就院(ばいかさんじょうじゅいん)という、真宗高田派のお寺がある。山門の脇に大小の石碑が並んでいる。「よくある」風景だ。昭和23(1948)年に建てられた丈高い右側の石碑の表面には、横浜市生まれの俳人・大野林火(りんか。1904〜1982)の句、「猛(たけ)り鵙(もず)/松籟(しょうらい)にいま/鎮まりぬ」(興奮してずっと騒いでいたモズが、松の枝先に激しく吹き寄せる風によって、今やっと静かになった)という句が彫られている。そしてその下には、21名の名前が彫られている。また、昭和33(1958)年に建てられた、背丈の低い左側の碑の表には、5名の名前だけが彫られている。

秋になると甲高い声で鳴く、樹上20cmほどのかわいらしい外観だが、食料となる昆虫・トカゲ・ネズミ・カエルなどを捕らえた後、尖った木の枝に刺したままにしておくような、ある意味残酷な習性を持つ猛禽・モズのことを詠んだ、郷土ゆかりの俳人による句、そして地元の人々と思しき名前が「記されていること」。それもまた、「よくある」風景かも知れない。

実はこれらの「句碑」は、先に挙げたような「どこにでもある」ものではない。彫り込まれた俳句もまた、同様だ。芸能人の「匂わせ」ではないが、本来主張したいことを「あえて」隠したものなのだ。

これらの石碑の左側に、「句碑の由来」が記された石碑がある。それによると、林火の句の冒頭に登場する「猛り鵙」とは、文字通りの「鵙」、或いはその猛々しい様子や習性を詠んだわけではない。それは「戦死者」を意味している。また、右の石碑の21名は太平洋戦争での戦死者、左の石碑の5名は戦時中に雑色(ぞうしき)村(現・横浜市港南区笹下4〜7丁目)に移り住んだ家族の戦死者だという。何故句碑や慰霊碑を終戦から「すぐ」に建立できなかったのか。

ただの石碑に見せかけたのはGHQの表現規制から逃れるためだった

マッカーサー軍政下の日本にあっては、日清(1894〜1895)・日露(1904〜1905)戦争、満州事変(1931〜1933)後に、日本各地で数多く建てられていた忠魂(ちゅうこん、忠義を尽くして亡くなった人のこと)碑などの死者の追悼、慰霊等は禁じられていた。それに加えて、敗戦までの「この辺り」は「浜空(はまくう)」こと、横浜海軍航空隊(現・横浜市金沢区富岡東 富岡総合公園 など)をはじめとして、かつての大日本兵器・石川島航空工業・日本飛行機など、大規模な軍需工業が所在したなど、いわゆる「海軍さん」と関係が深い地域だった。そのため、GHQ(連合国最高司令官総司令部)の「監視」「警戒」が、人里離れた「田舎の寺社」で同じことを挙行するよりは、ひときわ強かったと考えられる。だからといって、遺族を含む地域住民たちには、その命令は到底受け入れられないことだった。そこであくまで「句碑」の体裁を取った「慰霊碑」を建てることにした。そしてその意を汲んだ大野が、「愛国」「報告」「忠義」「大東亜共栄圏」…等々、「軍国主義」を連想させ、人々にそうした思いを「惹起」「擁護」「賛美」させるものであるとして、GHQを強く刺激する文言を用いず、「それとはわからない」ものをつくったのだ。

そう言われてみたら、確かに「猛り鵙」は、小柄で愛くるしい顔立ちながら、雄々しく戦う「軍人さん」たち。「松籟にいま/鎮まりぬ」とは、世界各地でおよそ4年間繰り広げられた激しい戦闘、それに加えて、日本全国の主に都市部における空襲、更に2度の原爆投下などによって、「ようやく」終戦を迎えたことを「匂わせ」ていたことがわかる。

戦後すぐのGHQが戦死者を顕彰する石碑やモニュメントの建立、或いは仏式・神式関係なく、慰霊祭等を営むことに強い警戒心を抱き、制限・禁止していたことは、彼らの「立ち位置」を考えれば、無理からぬことだったのかも知れない。

慰霊碑などのモニュメントが持つ意味

日本の近世史を研究フィールドにしている、アメリカの歴史学者のマイケル・ワート(1975〜)は『明治維新の敗者たち 小栗上野介をめぐる記憶と歴史』(2019年)において、「メモリー・ランドスケープ(記憶の風景)」について述べている。それは、主に地域の名士たちからなる「メモリー・アクティヴィスト(記憶の活動家)」たちの尽力によって、意図的、或いは無意識的/結果的に行われる、「土地の(悲劇の)ヒーロー」の「記憶」を創造する「ネットワーク」または「アクティヴィティ(活動)」は、「記念碑・墓・像など、記念=顕彰の意図が明確な物体」または、「より曖昧で瑣末に思われる記憶が宿るような、それ自体はありふれた物体や行事」が土台になるという。このことからわかることは、「記念碑・墓・像」などの「オブジェ」が、単なるある人物の「慰霊」「追悼」を超えて、地域アイデンティティの形成、そして団結。それらは今日で言う「地域おこし」や「観光資源」にとどまることなく、社会状況や「時代の空気」によっては、「ナショナリズム」の醸成へと発展していく可能性もあるからだ。当時でいえば、「敗戦国であるから、粛々と戦勝国=G H Qの方針に従う」ではなく、全国津々浦々の「忠魂碑」を通して「愛国」そして「敵討」「討伐」…などと新たにまとまった人々による反乱、再武装蜂起を懸念していたのではないか。

句を詠んだ大野林火とは

記念碑に彫られた句に話を戻そう。作者・大野林火は戦後、高度経済成長期(1955〜1973年)を経た昭和53(1978)年1月に、自身が昭和21(1946)年に興した俳句雑誌『濱(はま)』の中で、俳句には欠かせない季語の「本意(ほんい、「季語」のもつイメージや、そこに生ずる情動のこと)」について、「面白い」ことを語っていた。「保守派」であれば、「季語の本意」は「動かない」ものと捉え、それを前提に句作を行なっている。しかし林火は違った。本意には「一つじゃなくいろんな面がある」「どんどんひろがって新しさが加わる」「初めにある人が見つけ、次の人が見つけてひろがる」「現代に生きる本意を見つける。だから次の世代にはまた異った(原文ママ)本意が生まれる…(略)…だから古い本意は知っておいたほうがいいよ。古い本意を知っていると新しい本意へゆく眼ができるね。昔は春雨は金屏風に合うといわれた。秋の雨は銀屏風に合うとね。ひとつの本意を具体的にいったわけだ。この古い本意を知っていなければその横を発見することはできない」と。

林火は大正10(1921)年、俳人・臼田亜浪(うすだあろう、1879〜1951)の俳句雑誌『石楠(しゃくなげ)』に参加してから、亡くなる昭和57(1982)年まで、多くの名句・秀句を残していた。昭和5(1930)年から保土ヶ谷(ほどがや)の神奈川県立商工実習学校(現・神奈川県立商工高等学校)で、「商業事情」を担当していた林火だが、戦時中は学徒動員の生徒たちを引率して、杉田に所在した軍需工場に通っていた。時には一緒に、夜勤までしたという。彼が「兵隊さん」を詠んだ句としては、例えば、昭和15(1940)年の、「征くひとに/一夜の宴の/螢籠(ほたるかご)」(今は明日、出征する若者を送り出す宴を催しているが、部屋の隅に吊された蛍籠の中で、蛍が悲しげに光っている)や、終戦間近の昭和19(1944)年には、「港山/兵の屯(たむろ)す/十三夜」と詠んでいる。「港山」と称する山が神奈川県内に存在しないことから、いろいろな「意味」が考えられる。「林火の生活圏である横浜市内の港湾部や山間部を総称したもの」のことを指すとしたら、今まではさほど「兵隊さん」がいなかったようなところでも、B29による絨毯爆撃が日本各地で行われていることに対する軍部の焦り、更には「本土決戦」に備えてなのか、多く駐屯していたり、あちこちを歩いていたりするのを見かけるようになったことなのか。またはかつて、横須賀海軍警備隊などが置かれており、日露戦争の戦没者を慰霊する忠魂碑が建立されていた衣笠山(きぬがさやま)公園のことか。それとも、東京湾を一望できる旧根岸競馬場のことなのか。いずれにせよ、第2次世界大戦末期の「物々しい」状況下であっても、十三夜の月が煌々と輝いている、ということを詠んでいることは間違いない。

それとは分からせない比喩表現

国語学者の中村明(1935〜)は、『比喩表現の世界 日本語のイメージを読む』(2013年)の中で、「比喩表現には多かれ少なかれその人間の在り方が映ることとなる。それは作者のその時どきにおける心象風景の点描であり…(略)…意識下の世界観を映し出すとも言って言えないことはない」、「そもそも比喩表現は、ある対象をもともとそれと似たものに喩えるのではなく、その対象を別のカテゴリーで捉えようとする試みだったのではないか…(略)…」と述べている。この考えを先に挙げた林火の三句に当てはめるならば、「螢籠」や「港山」「十三夜」、そして「猛り鵙」「松籟」…は、「当たり前だ!」と言われればそれまでだが、戦中、そして終戦直後の林火の心象風景の点描であり、意識下の世界観を映し出していることになる。

最後に…

必ずしも言葉に「コトダマ/言霊」が「宿っている」とは限らず、また、この言葉が明確な形、または意味で日本語の中で使われたり、日本人が認識していたりするかどうかは判然としないが、もしも言語に宿る霊魂が存在し、言語を発することでその霊魂が働いて、現実が動かされるとしたら、その言葉通り「猛り鵙のような軍人さんたちの魂は、戦時下におけるさまざまな苦難患難の末、今ようやく鎮まった」のだろう。そうあってほしいと思う。また、今後は、この句碑のような「匂わせ」をせずとも、戦争で亡くなった人々の「慰霊」ができることを、心より祈るばかりだ。

参考資料

■磯子区区制50周年記念事業委員会「磯子の史話」出版部会(編)『磯子の史話』1978年 磯子区区制50周年記念事業委員会「磯子の史話」出版部会
■港南の歴史発刊実行委員会(編)『区制10周年記念 港南の歴史』1979年 港南の歴史発刊実行委員会
■港南の歴史研究会(編)『こうなん道ばたの風土記』1986年 港南の歴史研究会
■鷹羽狩行「大野林火」相賀徹夫(編)『日本大百科全書 4』1985/1988年(17頁)小学館
■齋藤愼爾・阿久根末忠(編)『必携季語秀句用字用例辞典』1997年 柏書房
■鷹羽狩行『名句を作った人々』1999年 富士見書房
■後藤比奈夫『憧れの名句 NHK俳壇の本』2002年 日本放送出版協会
■復本一郎(監修)『俳句の鳥・虫図鑑』2005年 成美堂出版
■雨宮昭一『シリーズ日本近現代史 7 占領と改革』2008年 岩波書店
■松崎鉄之介「回想の大野林火」『濱』750号 2008年6月号(7-49頁)浜発行所
■関貞雄・金子光男(監修)『横浜・磯子 屏風浦に生きる −旧久良岐郡森・中原の歴史』2010年 森・中原歴史研究会
■中村明『比喩表現の世界 日本語のイメージを読む』2013年 筑摩書房
■西潟正人『京急電鉄 街と駅の1世紀』2013年 彩流社
■川名大『昭和俳句の検証 −俳壇史から俳句表現史へ−』2015年 笠間書院
■「戦争と共に幻に。根岸競馬場内にひっそりと存在した旧海軍用の印刷会社『文寿堂』の歴史を教えて!」『はまれぽ.com』2015年2月19日
■「旧海軍軍需部と長浦」『横須賀市』2016年8月31日 
■榎本博明『 「自分のすごさ」を匂わせてくる人 自慢せずにはいられない人のめんどくさいコミュニケーション』2017年 サンマーク出版
■林らいみ「レビュー:なぜ、S N Sで『さりげない自慢=匂わせ』をせずにはいられないのか?」『ダ・ヴィンチWeb』2017年8月29日 
■NPO法人横濱金澤シティガイド協会「金沢区制70周年記念連載『地元の歴史を振り返る』第21回:富岡に残る戦跡」『タウンニュース』2018年2月8日
■新村出(編)『広辞苑 第7版』1955/1969/1976/1983/1991/1998/2008/2018年 岩波書店
■マイケル・ワート/野口良平(訳)『明治維新の敗者たち 小栗上野介をめぐる記憶と歴史』2019年 みすず書房
■今野真二『言霊と日本語』2020年 岩波書店
■時本真吾『あいまいな会話はなぜ成立するのか』2020年 岩波書店
■堀切実『芭蕉を受け継ぐ現代俳人たち 季語と取合わせの文化』2020年 ぺりかん社
■「ロンドン・ナショナル・ギャラリー特集:風俗画 『匂わせ絵画』の楽しみ方」『芸術新潮』2020年4月号(34-41頁)新潮社
■松永和紀「最新!コロナ防衛術 免疫力の嘘ホント:科学を匂わせる巧みな商法にメス エビデンスを疑え!」『週刊ダイヤモンド』2021年3月6日号(44-49頁)株式会社ダイヤモンド社
■「『忠魂碑を残そう』 袋井の郷土史家らが保存運動へ」『朝日新聞DIGITAL』2021年11月9日
■「港南区:港南区の民話 鎮魂の句碑 笹下」『横浜市』2022年1月27日
■「年表(横浜大空襲)」『横浜市』2022年5月11日 
■太田土男『大野林火 −俳句鑑賞ノート』2023年 百鳥叢書
■今野真二『日本とは何か 日本語の始源を追った国学者たち』2023年 みすず書房
■吉見俊哉『敗者としての東京 巨大都市の隠れた地層を読む』2023年 筑摩書房
■「《熱愛報道の真偽》男子バレー高橋藍と『美人モデル』との匂わせ交際、『事実ではありません』事務所が明かした『写真の真相』」『NEWSポストセブン』2023年10月23日
■「平野紫耀と協業の女性ダンサーが異例の声明 寄せられていた心ない“匂わせ”を指摘の声」『女性自身』2024年1月8日
■「羽生結弦 ロシア人の人気スケーターが過去の交際を匂わせ? 『元カレが去年結婚して3ヶ月で離婚した』」『女性自身』2024年1月30日
■『真宗高田派 梅花山成就院
■「梅花山成就院」『猫の足あと』 
■デビット佐藤 「軍事遺物:句碑(成就院)」『東京湾要塞』
■「衣笠山公園の歴史−1」『衣笠山公園』
■「根岸森林公園」『タイムスリップよこはま』
■「十三夜」『ジャパンナレッジ』

ライター

鳥飼かおる

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