いわゆる「健康法の達人・大家」などと呼ばれる人達で意外と早逝した人は多い。一方で不摂生な生活をしていながら長寿を保っている人もいる。いずれにせよ10年20年寿命が伸びても人間いつかは死ぬ。それならこの世にしがみつくのは正しいことなのだろうか。
超長寿人は夢か
不老長生は万人の願いである。1日でも長生きしたいと思う気持ちは誰にでもある。そのための、ヨガ、気功、自然食など様々なメソッドが世の中に溢れている。しかし健康法を提唱した著名な人達が100歳を超えることは筆者の知る限りそれほど際立ってはいないように思われるし、「ヨガの達人は短命」などと言われることすらある。80年代にヨガの著書を量産し一部の若者の間でカリスマ的な人気を誇った藤本憲幸氏(1947〜2016年)が69歳で死去した時はかなりの反響があった。氏は「若さを兼ね備えた長寿」に拘った。インドのヨガの行者がむしろ年齢より老けてみえることに疑問を持ったという。健康、長寿、そして若さ。これらを兼ね備えた「超長寿人」になることを目指したのだった。しかし結果は69歳で他界した。決して「超長寿」とはいえないだろう。なお藤本氏の師にあたる沖正弘氏も64歳で他界している。
ヨガと並ぶ長生の行として知られる太極拳はどうか。中国武術研究家の笠尾恭二氏のデータによると60代や50代で亡くなっている人も少なくない。「人間は200まで生きることができる」と生前語っていた高名な太極拳家は80代後半で死去した。
健康法とは何か
筆者はヨガや太極拳の長生効果について頭ごなしに否定しているわけではない。藤本氏は元々病弱で20歳まで生きられないと医師から匙を投げられたという。それが69歳まで生きられたのは、ヨガによって強靭な身体を得たからだともいえる。太極拳についても笠尾氏は、当時の平均寿命や時代背景なども考慮するべきだと指摘しており、治病臨床例のデータも提示している。実際太極拳は特に下半身への効果が高く生涯杖いらずでいられる可能性は高い。正しい方法であれば、ヨガや太極拳そのものが健康に悪いはずがない。しかしその一方で、数ある健康法を何ひとつ実践しなくても長寿の方が大勢いるのも事実だ。よくテレビなどでご高齢の方が肉料理などを平然と食べている様子を見たことがないだろうか 。ヘビースモーカーでかつ元気に過ごしている90歳のご老人も珍しくない。不摂生の権化のような生活をしながら健康な人間は数多くいる。健康とは何なのかと考えてしまう。
曇鸞、仙経を焼き捨てる
曇鸞(476〜542)は中国魏晋南北朝時代の北魏で活躍した浄土系仏教の僧侶である。日本浄土宗の宗祖・法然は浄土系仏教の初祖だとしている。修行中、病に倒れ治癒したものの、長生の法を求めるようになった。健康と長生きのためなら労力も厭わず、ついに高名な道教の道士、陶弘景に辿り着いた。曇鸞は彼から長生の秘法を学び、道教の奥義書「仙経」を授けられた。その帰途、当時の都である洛陽で、インドの僧侶・菩提流支(?〜527)と出会う。曇鸞は誇らし気に「仙経」を見せ、「仏教に「仙経」より優れた不老長生の方法はあるか」と尋ねた。菩提流支は「仙経」を一瞥すると地に唾を吐きかけ「こんなものは仏教と比較にならない。たとえ10年20年長生きしてもしばらく死なないだけのことだ。結局人間は死に、輪廻の宿命から逃れることはできないのだ」と述べ、浄土仏教の聖典のひとつ「観無量寿経」を授けた。曇鸞は大いに感じ入って浄土仏教に帰依し「仙経」はすべて焼き捨ててしまったという。
仏教は「無我」「無常」を説き、不老長生などはこの世にしがみつく執着に過ぎないとし、悟りを得てこの世の肉体はおろか、魂の輪廻転生すら超越する解脱の道を説く。何をどうしても何十年か伸びるだけというとは確かにその通りである。そもそも現世は必ずしも長く生きていたい世界とは言えない。寝たきりで介護されるだけの余生や、健康であっても孤独な生活を強いられるなら、早く逝く方がマシだと思うかもしれない。健康で楽しく長く生きられる人が現代社会でどれだけいることか。この世に見切りをつける仏教の思想は現代人の救いになるのかもしれない。
それでも死にたくない?
「仙経」を焼き捨て仏道を歩んだ曇鸞だが「服気法」という不老長生、健康のための著書を記している。また、主著「往生論注」には道教の呪文に触れている箇所がある。道教の不老長生を焼き捨てたでは終われないところに人間の弱さと本音を垣間見ることができる。生きることは苦しい。それでも結局は生きたいのだろうか。曇鸞を尊敬し「鸞」の名をもらった親鸞は、人間とはどうしようもなくダメな存在である、だからこそ阿弥陀仏が憐れみに思い救ってくれるのだと説いたのだった。
参考資料
藤本憲幸「超人になる!」学研(1992)
藤本憲幸「超長寿人になる!」学研(1995)
笠尾恭二「太極拳血戦譜」福昌堂(1995)
道端良秀「曇鸞の長寿法」『東方宗教』 第18号 日本道教学會 (1961)