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生と死の境界が揺らいでいる現代 日常にある生死の境界とは

生きるということ、生活するということは世界を分節し、境界を設定することに他ならない。様々な境界を設定し合うことで世界は成り立っている。その中でも生と死を分かつ境界について考察した。

生と死の境界が揺らいでいる現代 日常にある生死の境界とは

様々な境界

災害の際に避難所で幾日か過ごさざるをえなくなる時、多くの場合は広い部屋で雑魚寝という形になる。こうした時も私たちは布団なり荷物で自分のテリトリーを作ることで精神的な安定を得ようとする。それでもオープンな環境はストレスがたまるものだ。そこで近年ではダンボールのパーテーションを取り入れられている。単にプライバシーを守りたいだけでない。私たちは常に内と外の境界を設定しているのである。

自分と他人の境界

精神科医で発達心理学者のマーガレット・マーラー(1897〜1985)が提唱した「分離・固体化理論」によると、生後6か月ほどまでの乳児は自己と他者との区別はまだついておらず、自己と母親が一体であるとの認識を持っているという。3歳くらいまでの成長過程で母親の対象化、母親からの分離などが行われるとされる。ここから自我と非我、内面と外的世界の境界が設定される。私たちは何かを分かつことで世界を作っていく。

日常の中の非日常

近年では住宅事情などで変化しつつあるが、かつてはどの家にも神棚や仏壇が置いてあった。空間に余裕のある家には仏壇のための仏間もあった。御札、御本尊、位牌、遺影…。神棚にしろ仏壇にしろ、その奥にはこの世ならざる世界とつながっているとされる。この世とあの世の境界を意味する小さな棚は日常の中の非日常である。子供心に粗相をしてはならない特別な空間であること。それは超えてはならない境界であることを意識したものである。

元プロ野球監督の野村克也氏の遺体がTwitterに投稿された

日常の中の非日常といえば、元プロ野球監督の野村克也氏(1935〜2020)が死去した時の事である。野村氏の息子がその遺体をツイッターに掲載したとしたことで賛否が分かれた。「不謹慎」だとの声もあり「お顔が見れて良かった」との意見もあった。筆者も拝見したがツイッターには2枚の画像が掲載されていて、1枚目は斎場と思われる場所で棺桶に横たわる野村氏の横顔。2枚目の画像は東京ヤクルトのユニフォームに身を包んだ氏が仰向けに寝ている姿だった。この2枚目の画像は主観的には1枚目に比べ非常にインパクトがあった。五体を投げ出されて、野ざらしにされているようにも見えたからである。これは棺桶という境界がなかったからではないのか。棺桶には生と死、日常と非日常を分かつ境界としての役割があるといえる。もうひとつ、境界を隔てるものがなかったのは服である。野村氏のユニフォームはあまりに日常の彼を象徴しすぎていた。葬儀の際に遺体を包む死装束は生死の境界を表す。服を着るのも自分の本来の姿である肉体と外界との境界に他ならない。家族でも恋人でもない赤の他人に自分の裸体を見られることは境界を侵犯される行為である。近年は普段着を着せる家庭も多いと聞く。境界の感覚も変わりつつあるのかもしれない。

この世とあの世の境界

私たちは普段、死を連想させるものを避けて生活している。死は「あの世」の領域である。筆者の父は母の入院する病院に行く途中にある菩提寺を避けるルートを使った。本来菩提寺とは我々の先祖が眠り、仏様がおられる聖域である。避けるどころか病院に行く都度参拝しても良さそうなものである。それでも寺に死を連想した父は、寺や墓と自分たちのいる世界に境界を作っていたのである。

あの世を垣間見る

一方で「あの世」の方から境界を超えることがある。時折、路上で鳥や猫の死骸を見ることがあるだろう。なんともいえない気分になるはずだ。生命に対して無礼な言い方になるがおぞましいとさえ思ってしまう。日常生活とは生きている者たちの世界であり、唐突に死を突きつけられることに私たちは慣れていない。これは生と死、日常と非日常の境界がいきなり崩れたことによる衝撃故ではないだろうか。そうした意味で葬儀や初七日などの法要は生死の境界が段階的に緩められた場であるといえる。

葬儀の帰りには清め塩を頂くことがあるが、浄土真宗などは死はケガレではないとして否定している。死をケガレとしてみることは死者に対する冒涜ともいえるからだ。しかしケガレではなくとも死が「あの世」の世界であることは間違いない。清め塩は私たちが「この世」に帰ってきたことを表す象徴としての役目がある。塩をかけることで私たちは日常に帰還したと意識する。緩められた境界が再び作られるのである。

生と死の境界が揺らいでいる

生と死、この世とあの世の境界はどのような形であれ日常世界に存在している。しかし現代社会では神棚や仏壇のある家庭は少なくなり、葬儀離れが進んでいる。また脳死問題、過度な延命治療など死の基準そのものすら問われている。現代はかつてないほど、生死の境界が大きく揺らいでいる時代といえるだろう。

ライター

渡邉昇(掲載日:2022/02/22)

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