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東大寺の大仏が建立に至るまでの歴史的背景と聖武天皇や行基の願い

地震、大雨・洪水、疫病(新型コロナウィルス)、そして政治不信と、現代は東大寺で大仏が建立された1300年前と似ている。大仏は度重なる災害、混乱の終息を願った一人の帝王によるものだが、その願いは時を超えて現代にも生きている。

東大寺の大仏が建立に至るまでの歴史的背景と聖武天皇や行基の願い

コロナ大仏

「コロナ大仏」なるものを造立しようという運動が行われているとの記事を目にした。コロナウイルスの感染が拡大した2020年、ネットでは疫病退散を願い「大仏を建立しよう」という声が出回った。もちろん「ネタ」である。しかしそれを実現しようという人が現れた。

札幌市在住の僧侶・アーティストの風間天心氏は、新型コロナウイルスが蔓延する現状で、皆の心を前向きにしようという思いからクラウドファンディングで協力を呼びかけている。風間氏の構想は大仏の「型」を造り、地元由来の素材を空洞部分に入れ込むという方式。さらにいずれは型自体を安置して大仏を内部から拝めるようにしたいという。記事を執筆した写真家・半田カメラ氏は「これはまさに、私たちが自分自身の内面と向き合わざるを得なくなった、ウイルス禍の現状と符合するのではないでしょうか」と綴っている。

聖武天皇による東大寺の大仏建立の詔の背景

大仏といえばやはり東大寺の大仏が代表格である。東大寺は総国分寺として日本仏教の総本山的な地位にあった。俗に「雲太 和二 京三」と言われ、出雲大社に次いで2番目の威容を誇っていた(3位は平安京の大極殿)。その東大寺の大仏は聖武天皇(701~756)が「大仏建立の詔」を発したことに始まる(743年)。聖武帝の御代(在位724~749)は、度重なる旱魃と飢饉、阪神淡路大震災と同クラスとされる大地震、天然痘の大流行、その疫病で藤原四兄弟ら有力者が次々と死去し政治も大混乱に陥るなど、730年から10年も絶たない間に天、地、人と混乱の極みにあった。

聖武天皇の覚悟と責任感

聖武帝がそれまでにない巨大な仏像を造ろうとするにあたっては天皇たる自らの責任感があった。当時日本が範としていた中国にはかつて「天人相関説」があった。時の皇帝(天子)の行いは自然の法則に対応しており、悪政を敷けば災害が起こるとされた。逆に災害が頻発すれぱそれは帝の不徳が原因であり、王朝打倒の大義名分にもなった。まして日本においては、天皇は天照大神の子孫として絶対の存在である。天皇の最も重要な仕事は現代に至るまで「祈る」こと、天神地祇に祈りを捧げ五穀豊穣・天下泰平を実現させることである。聖武帝も混乱を鎮めようと、各地に神職を派遣し自らも天神地祇に祈りを捧げた。しかし状況は一向に好転しない。仏教信仰の厚かった聖武帝は最後の救いを仏法に求めたのである。

行基に協力を求め、多くの庶民も大仏建立に駆り出された

大仏建立に際しては初代別当となる良弁(689〜774)が全体を仕切り、また庶民から絶大な支持を集めた行基(668~749)が協力を求め庶民も関わることとなった。大仏建立は当時の日本にとっては国家的プロジェクトである。当時の日本の人口は500万人ほどだったらしいが、その約半分の260万人が動員されたという(東大寺要録)。もっとも260万人というのは延べ人数なので実際にこの数だけの人が関わった訳ではないが、例を見ない規模だったことは確かである。

東大寺の大仏と華厳思想

東大寺の大仏は当然「大仏」という名前ではなく、本尊としての正式な名は「毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)」という。同じ大仏でも鎌倉・高徳院の大仏は阿弥陀如来像である。東大寺は奈良仏教「南都六宗」のひとつ華厳宗の寺院であり、毘盧遮那仏は華厳宗の経典「華厳経」の教えの象徴である。毘盧遮那仏は宇宙仏というべき存在で密教の大日如来と同体であるとされる。聖武帝が毘盧遮那仏を選んだのも大仏があれほど巨大であるのも、この国の隅々まで全てを仏法の光で照らすというイメージから来るものだろう。

華厳経の核となる教え 「一即多、他即一」

華厳経は大乗仏教の哲学的な面を極めた経典といえその構成は緻密にして複雑、内容も多岐に渡る。その核となる教えであり、現代でもよく知られているものとして「一即多、他即一」の思想がある。一輪の花びら、一滴の朝露に宇宙全体を見出す思想である。仏教学者・鎌田茂雄(1927〜2001)は数理哲学者・末綱恕一(1898〜1970)の説を引き「一即多、他即一」を説明している。1なら1の中に1から無限数までが全部含まれているから次の2が、3、4が出る。また、2があるには1がなければならず、3がなければ2は成り立たない。つまり1の中にすべてがあるように、2の中にも1や3が含まれている。1も2もそれだけで存在するのではない。これを現実世界に展開すると我々一人一人に全人類が含まれている。我々は一人では生きられない。誰かのおかげで生かされている自身もまた何人かのために生きている。そうしてつながっている全ての存在は毘盧遮那仏という大いなる「いのち」の顕現であり、我々も自分たちの小さな「いのち」が尽きれば毘盧遮那仏に還っていく。華厳思想は仏教が説く縁起の世界観を、さらに全てを含む大いなる存在に昇華させた思想だといえる。華厳の教えに救いを見出した聖武帝は毘盧遮那仏=大仏建立に「一即多、他即一」の教えに基づく民衆の力を求めたのであった。

聖武天皇と行基の思い

大仏建立といえば貴族の権力の象徴の面が強い。実際の民の苦役を想像すれば本当に大仏は必要だったのか。手塚治虫は「火の鳥 鳳凰編」で良弁自身に「これはもはや仏教ではない」とまで言わせている。しかし大仏に表されている華厳の教えは世界の全てがつながっていること、その隅々にまで毘盧遮那仏の慈悲の光が照らしているという真理である。少なくとも聖武帝はその真理が国難を救うと信じていた。その実現に大きな役割を果たしたのが行基であった。

当時の仏教はエリートが学ぶ難解な「哲学」、かつ鎮護国家のための「呪術」であり、民衆には閉ざされていた。行基は中央政府に反して野に下り、民に仏法を説き、民のための寺院開基や社会事業に取り組んだ。こうした活動は政府から反政府勢力として弾圧されたが、行基自身に反政府的な思想がないことがわかると、彼の社会事業は国の発展に益するものとして受け入れられた。そして聖武帝はその影響力を見込み、行基に大仏建立の協力を仰ぎ、行基もこれを受け民衆を説得し建立に協力させた。これについて行基を批判的に見る向きも多い。しかし行基のそれまでの行動を見る限り政府に与したというよりは、聖武帝の華厳思想に基づく発願に共感したと考えたい。行基は大仏完成を待たずしてその3年前にこの世に去ったが、他の貴族の思惑はともあれ、社会の混乱の原因を天皇としての不徳にあると責を感じていた聖武帝と、民衆と共にあった行基の間には「救いたい」という願いにおいて一致していたのではないだろうか。

昔も今も変わらぬ願い

1300年の時を経た現代は、今また疫病や自然災害に悩まされる日常である。人智の及ばぬ試練を前に救いの願いを込めた大仏に寄せる思いは変わらない。貴族仏教としての形骸化の印象が強い奈良仏教のシンボル的なイメージの強い大仏だが、そこには「一即多、他即一」のつながりの教えと、聖武帝や行基、そして民衆の願いが込められているのである。

参考資料

■鎌田茂雄「華厳の思想」講談社学術文庫(1988)
■鎌田茂雄/上山春平「仏教の思想6『無限の世界観』<華厳>」角川文庫ソフィア(1996)
■半田カメラ「『コロナ大仏』の壮大すぎる計画 ネット上の『ネタ』に託した希望」withnews 2020年12月20日配信

ライター

渡邉 昇 【記事掲載日:2021/09/01】

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