資料請求
心に残る家族葬のロゴ
追加費用不要の葬儀

心に残る家族葬トップ > 葬儀のコラム > 諡号・追号に徳の文字が贈られた歴代天皇の隠されたある共通点

このエントリーをはてなブックマークに追加

諡号・追号に徳の文字が贈られた歴代天皇の隠されたある共通点

明治天皇、昭和天皇・・・これはたまたま和暦が使用されているが、もし前天皇の明仁上皇がお亡くなりになったからといって、平成天皇という名前になるとは限らない。本来は死後、その人の生前の功績に対し名前が贈られるもので、これを諡(おくりな)、または諡号(しごう)という。そして、諡は神道においては仏教における戒名にあたる。本日は、過去の天皇や貴人に与えられた諡について調べてみた。


過去の天皇の名前の由来

生きている間、天皇は「御上(おかみ)」「主上(しゅしょう)」「御門(みかど)」などと呼ばれていた。死後につけられた名前を見ると、天皇の生前の功績や存在意義を知ることができる。天皇に送られる名前には2パターン存在し、1つは諡号(しごう)、もう1つは追号(ついごう)という。諡号は称賛されてつけられる意味合いが強いが、追号は生前の天皇の住んでいた場所などでつけられている。

ここでは、いくつか天皇の名前の由来を紹介する。推古天皇は古(いにしえ)を推し量るという意味でつけられた。古い教訓を今後も生かしていこうという思いでつけられている。平成(へいぜい)天皇は平城京に愛着をもっていた方だったから。そして、神武天皇は神をこえ、人間業以上の武力をもった人という意味で名づけられている。


徳の文字をもつ天皇には悲しいエピソードがある

実は「徳」の字は、なにかしらの無念を残して亡くなった天皇を弔う意味でつけられているという悲しいエピソードがある。崇徳(すとく)天皇はとても悲惨な人生を送った天皇で日本三大怨霊の一人になった人物である崇徳天皇は、第74代「鳥羽天皇」の子どもであるが、じつは鳥羽天皇の妻と第72代天皇である「白河天皇」との間に生まれた子なのではと言われている。白河天皇は崇徳天皇を可愛がるあまりに、鳥羽天皇を退位させ、崇徳天皇に王位を譲った経緯がある。鳥羽天皇は崇徳天皇を大変嫌っており、その後同じように退位を奪ったり、子供には王位を渡さず、兄弟に渡したりと恨みを晴らしていくことになる。崇徳天皇は最終的に、保元の乱において弟である後白河天皇に負け、配流されてしまう。彼は死ぬ間際に、舌を噛み切って恨みの言葉を血で書き込んでおり、柩からは蓋をしめているのにも関わらず血があふれ出したそうだ。恨みのせいなのか、崇徳天皇の死後は、後白河天皇の近親者が立て続けに亡くなっているのだ。このように、崇徳天皇の怨念を残さないように、徳の字が贈られたのである。


最後に…

一般的に「徳」と聞くと徳を積むと言ったりするように、善い行いを示している。なので、このような話を聞くと恐ろしく感じるかもしれない。しかし、現代よりも名誉が重んじられていた昔は、悲しいエピソードがあったとしても死を汚さず美しいものとして「徳」の字をあえてあたえたのではないだろうか。どうか安らかに、我々を見守っていただきたい。


参考資料

■「名前でよむ天皇の歴史」(遠山美都男/朝日新聞出版)


ライター 中川

記事掲載日:2021/07/05

もしも徳川家康が総理大臣になったら

もしも徳川家康が総理大臣になったら

このページのトップへ