医学の発達により人間は中々「死ねない」存在になった。そうした中でデス・エデュケーション(死の教育)の必要性が注目されている。しかし我々は当然死んだことはない。そこで太古より宗教者は、他界モデル、転生モデル、宇宙との一体化モデルなど様々な死後モデルを提供した。ルドルフ・シュタイナー(1861〜1925)の転生モデルは死はすべての終わりでないとするのみではなく、過去から現在を経て未来までも包括した魂の進化論を説いている。
シュタイナー教育とは真逆な評価を受けがちなシュタイナーの思想
ルドルフ・シュタイナーはドイツの神秘思想家であるが、一般的には独創的な教育理論「シュタイナー教育」の創始者の名で知られている。その神秘思想=人智学(anthropos アントローポス)を背景として構築されたシュタイナー教育を指導するシュタイナー学校は世界に普及しており、賛否はあるが教育界で知らない者はいない。しかしシュタイナー学校では神秘思想そのものを教えることはない。その教育は絶賛され、その思想は嫌われると言われるのは、あまりにオカルト的で荒唐無稽に思われるからである。
シュタイナー思想とは
シュタイナーによると人間は体・魂・霊の3要素によって構成されている。この3分説自体は珍しいものではないが、シュタイナーは各要素がさらに3段階のレベルがあると説いており、本稿では最も基本となる体の構成に絞る。
人間の体は物質体の上に、エーテル体・アストラル体・自我の順に重なった重層的な構造になっている。このうちエーテル体とは生命体である。鉱物のような無機物と有機物を分けるものがこれである。生命活動は行うが意思や感情を持たない植物はエーテル体のみを有する。アストラル体は意識体、感情体と呼んでよい。植物には無く、動物と人間が有している。そして自我はいわゆる理性、知性、認識などの諸要素を含み、人間のみが有する(便宜上こう書くが、シュタイナーにおける自我の概念は複雑で、それのみで一冊の本が書けるほどである)。人間存在の構成を鉱物・植物・動物的性質に分類したシュタイナーだが、彼はこれを哲学的概念でも生理学や生物学でもなく実体として捉えている。シュタイナーの転生モデルはこの構成が基本となる。
シュタイナーの転生モデルのキーワード 死後と再生
シュタイナーによると、人間は死後、肉体からエーテル体・アストラル体・自我が離脱する。やがてエーテル体、アストラル体が崩壊し、自我だけが残るという。自我は再びアストラル体、エーテル体を纏い、肉体に受肉する。この際、自我は前世で犯してしまった発達を妨げるような行為(他人を傷つけるなど)を反省し、来世における課題になるという。来世でその課題を解決することで、自我はよりレベルが上になり、また死を迎える。この円環が繰り返され、自我は進化していく。この転生モデルにおいては我々は気が遠くなるほどの過去から、現在に至り、神のみぞ知る未来へと歩いていることになる。
自分が生まれる前に世界があったこと、歴史が存在したことを不思議だと思ったことはないだろうか?宇宙の歴史を考えれば我々の寿命など一瞬であり、何の意味があるのかと考えたこともあるはずだ。精々7、80年生きて死の恐怖に怯えることに空しさを感じることもある。シュタイナーの転生モデルでは我々はいつの時代にも存在したし、これからも存在する。今生の生も死も悠久のサイクルの一環である。死に怯える必要はない。死はより進化して次のステージへ向かうための通過点に過ぎないのである。
仏教における輪廻転生は苦しみの円環である。天界ですら永遠ではいられず、最期には地獄の何万倍の苦しみの末、輪廻に放り出されてしまう。だから仏陀はこの円環からの解脱を説いた。これに対してシュタイナーは死後の転生を生前の発達と同じ次元で捉えている。仏教の輪廻は文字通りの円であるなら、シュタイナーの説く転生は螺旋状に上昇していくイメージである。
シュタイナーの思想や転生モデルはオカルトか科学か
シュタイナー研究者・西平直が言うように「あなたはそのような話を本当に信じているのか」と問われれば、そのまま信じることは中々に難しいだろう。しかしシュタイナーは極めて論理的な人物で、自らの思想は思考による科学であると断じている。
人間モデルや転生モデルはシュタイナーの「超感覚」で幻視したものを、論理的に基礎付けたものなのである。その立場から彼はオカルト関連にありがちな、安易な神秘体験や「悟り」の体験などに対して自重するよう呼びかけている。また同時代に盛んだった交霊やエクトプラズムなどの心霊現象にも否定的であった。あくまで理性、思考の重んじるシュタイナーは、そのような自分を見失うような現象に身を置いてはいけないと説く。だからシュタイナーは自分の思想の入門書として「自由の哲学」を推奨している。
「自由の哲学」は純粋な認識論を展開する哲学書でオカルト的要素はまったくない。これまでのエーテル体やら転生やらを期待して読めば、第1章で挫折することは間違いない。しかしこれを読み通すことでシュタイナー思想を冷静に理論的に検討する下地ができる。超感覚的世界を論理的にまとめたものがシュタイナー思想といえる。
生死の意味を知る
シュタイナーが説く転生モデルでは、人間は死んで終わりどころの話ではない。死後も生と死を繰り返し、より高みに昇り続ける。そもそもが今生の我々も太古からの輪廻の末に生まれてきた結果である。現在の我々の喜怒哀楽は、昔からそしてこれからもずっと続いていく壮大な物語に挿してある栞のようなものだ。転生が進化の過程であるなら、自分の死は恐れるものでなく、他者の死は悲しむものではない。突然死や夭折など理不尽とも思える最期にも、何らかの課題としての意味があると向き合うこともできる。もちろんそんな簡単に納得がいくわけはない。シュタイナーは著書を読む行為自体が「行」になると述べている。秋の夜長にめくってみるのもいいだろう。
シュタイナーには膨大な著書が存在するが、特に4大著書と呼ばれる「自由の哲学」「神智学」「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」「神秘学概論」は必読。私見ではこの順で読むことを薦めたいが難解である。西平直「シュタイナー入門」で概要を掴むのも良い。
参考資料
■ルドルフ・シュタイナー著/高橋巖訳「自由の哲学」ちくま学芸文庫(2002)
■ルドルフ・シュタイナー著/高橋巖訳「神智学」ちくま学芸文庫(2000)
■ルドルフ・シュタイナー著/高橋巖訳「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」ちくま学芸文庫(2001)
■ルドルフ・シュタイナー著/高橋巖訳「神秘学概論」ちくま学芸文庫(1998)
■高橋巌「現代の神秘学」角川選書(1989)
■西平直「シュタイナー入門」講談社現代新書(1996)
■西平直「魂のライフサイクル」東京大学出版会(1997)