新型コロナウイルスとの戦いは未だ終息が見えていないが、古来より人類は様々な病気と戦ってきた。一方で戦うのではなく病気と共存する道も提示されてきた。むしろその方が自然に即した生き方であるとも言えるかもしれない。先人たちは人間と自然界との関係を考察していた。人間と世界・宇宙との関係から東西の医療の方向性を考える。
東西医学の基本概念
人間はやがては死ぬのが自然の摂理であって、死が敗北と定義するなら、病気との戦いは人間の負けが決まっている負け戦ということになる。西洋医学はこれを良しとせず徹底的交戦する道を選んだ。わかりやすいのが疾患部を除去すればよいという考えである。外部からメスが身体に侵入し、放射線による攻撃を行う。西洋医学の歴史は自然の摂理との対決の歴史でもある。
これに対して東洋医学は病気との共生、自然との一体を自覚することが主となる。ウイルスのような外敵ではない限り疾患は身体自身の不具合が生み出すものであるというのは東西の一致した意見だろう。ガン細胞も元々身体に存在するものであり、1日に5000個のガン細胞が生まれているという。その都度、免疫細胞が退治している。私たちの身体はガン細胞と免疫細胞の戦いの日々なのである。
そこで東洋医学は、時間をかけ漢方や食事、呼吸法などによりゆっくりと内部から体質を改善し、自然の流れと同化し、病気になりにくくする。東洋では病気には逆らわず自然の流れに沿って生きていくことを説くのである。それは人間もまた自然のひとつであるからだ。
陰陽五行説
ここでは東洋思想の中から陰陽五行説を概観したい。陰陽五行説は古代中国で成立した思想のひとつで、陰と陽に分ける陰陽説と、五つの要素によって世界の構造を説明する五行説が融合したものである。奈良・平安期には日本に渡った陰陽五行説が神道など日本に根づく宗教の要素が加わり陰陽道として成立。陰陽寮が設置され国家専属の占術・呪術師として陰陽師が活躍した。日本の文化の様々な影響を与えた。陰陽師・安倍晴明(921〜1005)は小説や映画でおなじみの人物であろう。
陰陽五行説によると宇宙、万物自然は陰と陽できている。昼と夜、男と女…。これだけだと単純な二元論になるが、陰陽は一体でもある。陰の中に陽があり、陽の中に陰がある。これを太極といい、有名な太極図は陰陽が混ざり合っている様子を表している。
また宇宙は五つの性質「木・火・土・金・水」の五行によって構成されている。五行には相生と相剋の関係がある。相生、生み出す関係は「木・火・土・金・水」は前の性質が後の性質を生み出す、または助ける。水は木を養い、木は燃えて火を生むといった具合。逆に相剋、つまり優劣の関係では、「木・土・水・火・金」となり、木は土から養分を得て勝ち、土は水を吸収して勝つ。生む関係と滅ぼす関係が同時に存在するのもまた陰陽の理であるといえるだろう。
五行説は方角、色、身体など、世界の基本的な要素に当てはめられる。陰陽五行説に基づく中医学では臓器を肝臓・心臓・脾臓・肺臓・腎臓をそれぞれ、「木・火・土・金・水」に当てはめる。中医学には「経脈」という考え方があり、気の経路、気の通り道で、全身には十二経路、任脈・督脈があるとされる。この通り道に気功や武術などの呼吸と動作などを用いて気を巡らせることができる。 中医学では病の原因は気の滞りにあると考えるからだ。この経路は自然界にも存在するとされ、よく知られる風水とはこれである。やはり気の通りを良くすれば運気が上がり、滞れば悪くなるとする。江戸時代の都市構造が「四神相応」理論に基づいて作られているのは有名な話で、四神とは陰陽五行説における各方角に象徴としての動物を置いた概念である。
つまり陰陽五行説においては、人体も自然も空間も構成は同じであり、対応しているという考えになる。当然自然の摂理に反することは人間自身に反することになる。自然の摂理を理解し、自然のままに生きることが肝要であり、陰陽五行説はその摂理を言語体系化したものである。自然の摂理を表した陰陽五行説には突出した強いもの弱いものはなく、互いが影響を与えあうバランスが説かれている。ここから人間と自然は戦うのではなく、互いが影響しあって共生するべきという発想になる。
西洋占星術
20世紀後半になると、核兵器や自然破壊などへの反省から、西洋的な物質中心主義の弊害と限界が指摘され、東洋の精神文明の必要性が説かれる風潮が現れる。いわゆるヒッピーの東洋思想への傾倒や、量子力学と仏教の融合などを説くニューサイエンスなどがそうだ。
しかし西洋が物質的で東洋は精神的であるというのもステレオタイプな見方であろう。西洋でも東洋思想のような自然哲学は存在した。例えば西洋占星術である。今でこそ西洋占星術は星占いとして親しまれているが、本来は深遠な自然哲学であった。そもそも、なぜ星や星座が人間の運勢を左右するというのか。
西洋占星術でもやはり人間と世界・宇宙は対応している。人間を小宇宙(ミクロコスモス)、宇宙を大宇宙(マクロコスモス)とし、天体を観測することで対応する人間の行動や行く末が読めるとする。人体の各部は獅子座と心臓、天秤座と腸など、黄道十二宮星座が対応する。これに世界を四大元素「火・水・風(空気)・土」に分ける西洋神秘思想の根本原理を加え、精密な理論体系となっている。これらは陰陽五行説と極めて類似しており、四大十二宮説と呼んでも良いほどである。
しかし陰陽五行説が東洋思想の一方の雄となったのに対し、西洋において占星術や神秘学はキリスト教の影に潜んでいた。キリスト教はこうした人間と自然対応説を、異端の神秘思想としたからである。ミクロコスモスとマクロコスモスの対応は、人間を特別の存在とするキリスト教が受け入れ難いものであった。キリスト教では人間は神の被造物の中で最も高貴な存在である人間が自然と対応、つまり同等の地位ではありえない。こうした人間と自然の一体を説く自然哲学はキリスト教の地下水脈として受け継がれていくがあくまで地下である。キリスト教文化圏では人間は人間以外の存在を支配する権利が与えられた。自分の身体を蝕む病気との共存は屈服するに等しいといえる。その影響下で発達した西洋医学と、死という自然の摂理との徹底交戦は現在にまで至るのである。
西の物質 東の精神
人間と自然の一体であるという教えは深遠な響きがある。季節は巡り命も巡る。私たちがうまれ死んでいくのは自然の摂理である。ならば逆らうことなく生きていこう。なるほどそう言われればそんな気もしてくる。しかし死をリアルに感じたとき、そのような境地でいられるかは疑問だ。筆者はガン治療における手術や放射線治療を否定する気にはなれない。端的に今は死にたくないからである。その意味で西洋の物質文化、東洋の精神文化との見方は、ステレオタイプと評したものの、やはり正しいのかもしれない。そしてどちらも必要であり、うまく融合するべきだ。良くある結論になってしまうが、それは陰と陽が溶け合う太極の教えでもある。
参考資料
■根本幸夫他「陰陽五行説その発生と展開」薬業時報社(1991)
■吉野裕子「陰陽五行と日本の民俗」人文書院(1983)
■ジャン・カレルズ他/阿部秀典訳「占星術大全」青土社(1996)
■中山茂「西洋占星術」講談社現代新書(1992)