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偲ぶつもりだった。でもなぜか笑っていた。志村けんと生と死と笑い。

故人を偲ぶはずの追悼番組で大いに笑わせて頂くという体験をした。死者数8万6289人(4月9日午前4時現在。AFP通信)にのぼるウイルスの猛威の中、生と死とそして笑いについて考えてみたい。


新型コロナウィルスに感染して肺炎で亡くなった志村けん

2020年3月29日 日本の喜劇王 志村けんが死去した。享年70歳。20日に肺炎と診断され入院、23日には新型コロナウイルスの感染が確認された。入院からわずか9日後の死であった。ザ・ドリフターズ時代を知る世代から、つい先日バカ殿で笑っていたであろう3歳の子供まで、全世代に跨がるおそらく国内で最も知られている人物の一人である。


追悼するはずが大爆笑をかっさらった志村けん

4月1日フジテレビは志村の追悼番組「志村けんさん追悼特番 46年間笑いをありがとう」を放送。代表作「8時だよ!全員集合」「ドリフ大爆笑」「志村けんのだいじょうぶだあ」「志村けんのバカ殿」などのうち、全員集合以外はフジテレビの番組であり、追悼番組では志村の在りし日のコント映像が流された。志村傑作選といえる構成で、いわゆる追悼番組でこれほど笑ったこともない。泣いて笑って…どころではない。終始大爆笑の3時間であった。

スタジオには志村の写真パネルがかけられていて、「変なおじさん」などのギャグキャラクターが並ぶ。通常の告別式ならありえない。しかしこれ以上の遺影もない。エイプリルフールというのも良かった。志村はいつ写真を突き破って現れるのかと思ったほどだ。


弔事を述べた加藤茶と寝ていたかのような高木ブー

番組の最後で加藤茶が弔事を述べたが、「長さん(いかりや長介)の次は高木ブーだと思った」のくだりではスタジオが笑いに包まれた。コメントを振られた高木ブーも半分寝ていたかのようなリアクションを見せ、これもまた爆笑。87歳の沈黙に司会のアナウンサーが「びっくりしましたよ!」と言った時は、視聴者全員頷いたことだろう。

加藤はこの番組の唯一の欠点として「オープニングが暗かった」と述べていた。それほど笑いに満ちた3時間だった。かつて「楽しくなければテレビじゃない」のスローガンでテレビ界を席巻したフジテレビの面目躍如といってよい。

筆者の知る限りこの追悼番組は世間でも好評で「不謹慎」などとクレームの声もなかった。喜劇王を偲ぶ時間に涙はいらなかったのだ。


「笑い」に対するイメージや偏見

笑い、喜劇、コメディといったものはいつの世も、どのジャンルでも一段低く見られてきた。人間には馬鹿馬鹿しいものより、難解なことや、苦しみ悲しみの表現の方が奥深く高尚だと思う傾向があるようだ。美術の世界でもロダンの「考える人」、ムンクの「叫び」など、苦悩、慟哭、思慮…などが好まれる。肖像画の類はほとんどが真面目な仏頂面であるし、稀に笑顔が描かれるとしても、モナリザの微笑や、仏像のアルカイックスマイルといった微妙な表情でどこか深みを持たせようとするものだ。裏表の無い哄笑、爆笑といったモチーフにお目にかかることはほとんどない。


「笑い」は生きることの楽しさを伝えている

数少ない例としてフランス・ハルス(1582〜1666)の絵画がある。ハルスは「陽気な酒飲み」「微笑む騎士」など、生き生きとした表情を捉えた筆致を得意とし「笑いの画家」と呼ばれている。同時代のレンブラント(1606〜69)の肖像画と比較すると、レンブラントの静寂な雰囲気を醸し出す絵画の方が何となく深みがあるような気にさせる。笑いには不真面目で底の浅いなイメージがあるのだろうか。しかし笑顔は人間の魅力を最大に引き出すものである。ハルスの絵は笑顔を通して生きることの苦しみより楽しさを伝えている。仏像では、密教の十一面観音像の背後に「大笑面」がある。アルカイックスマイルとは対照的な笑い声が聞こえてきそうな、まさに呵々大笑といった面持ちである。生を苦とする仏教において、生きることを肯定し生命を賛美する密教ならではの表現である。
これは想像だが例えば肖像画のモデルはとりすました表情でないと長時間保たないというのもあるのではないか。笑顔のままでいるのは困難であるし苦痛に変わる。笑顔は動いている。笑顔は一瞬である。笑いは生きている者の特権、生命の表現なのだ。


「笑い」の医学的効用

笑いと生命といえば、笑うことでがん細胞を駆逐してくれる免疫細胞のひとつNK(ナチュラルキラー)細胞が増えるという話がある。

大阪国際がんセンターは2018年5月29日、漫才や落語による「笑い」によって、がん患者の免疫力向上や、緊張や疲労といった心身の状態も改善したことなどが確認されたと発表した。センターは吉本興業や松竹芸能らの協力を得て、笑いががん患者に与える影響を調べる実証研究を実施。笑いの舞台を鑑賞した患者の1人は、NK細胞の血中の割合が実験前の約1.3倍に増えたことなどが確認され、鑑賞した患者全体でも免疫細胞の増加傾向がみられたという。また、患者へのアンケートの結果、緊張や抑うつ、疲労などの6項目全てで改善がみられ、がんの痛みについても改善の兆候が見られた(朝日新聞デジタル 2018年5月29日19時40分配信より抜粋)。

医学・生理学的な因果関係は不明だが、笑うことで生命力が活性化することは事実のようだ。今後一層の研究が望まれる。


今こそ笑え。笑ったもんがちだ。

現実の世の中は苦しいことだらけである。もちろん幸せを感じることもあるが、総じて生きることはやはり苦なのだなと思う事の方が多いはずだ。人を怒らせたり、泣かせたりするより、笑わせる方が遥かに難しい。

追悼番組の放送中、ツイッターなどでは「5歳の娘が笑い転げている」などの声が多数挙がっていた。ドリフのコントは実にわかりやすく老若男女問わず理解できる。前衛的なシュールな笑いや、ある程度の教養が必要な落語などと違い、頭を使うこともセンスの必要もなく、反射的に笑ってしまう。だからこそドリフは「(家族が)揃ったところで始めよう」と歌い、お茶の間では家族が「全員集合」したのだ。

バカ殿は今の子供たちにも、元・子供たちにも、笑いを、つまりは生命の息吹を振りまいてくれた。見えない敵との戦いが続く今こそ、笑うことが大切なのだと教えてくれる。


ライター 渡邉 昇
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