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宇宙飛行士が体験する宇宙飛行の前と後で変容する宗教に対する意識

アポロ計画などの宇宙飛行から帰還した宇宙飛行士の少なからずが宗教的な意識の変容を体験している。特に月面に着陸した飛行士に顕著であり、その中にはキリスト教の伝道師になった者までいる。彼らは「神の臨在」を体験したという。地球から離脱し、ある意味で「あの世」への旅行に旅立ち、帰還した彼らの体験は臨死体験にも酷似する。その体験が語りかけるものとは。

宇宙飛行士が体験する宇宙飛行の前と後で変容する宗教に対する意識

人は死んだらお星さまになる

子供の頃に「人は死んだらお星さまになる」と一度は聞かされたことがある人は多いのではないか。現代の日本では星を見ることも難しくなってきたが、見上げれば星になったあの人といつでも会えるというのは美しい話である。

宗教学者ひろさちやは、ポリネシアの人たちは死ぬ前に、自分が死んだらあの星に生まれると好きな星を選び、安らかに死んでいくという話を紹介している。ポリネシアの人々は死後、あの星に住むのだと信じているので、死を恐れないという。ポリネシア文化圏と日本は近い関係にあると言われ、「お星さまになる」話の源流はここからきているのかもしれない。

天空は昔から天界だった

キリスト、イスラムなどの天国、仏教の極楽浄土、神道(日本神話)の高天原など、古来より天空とは神仏のおわす天界であり、人知の及ばぬ他界・異界として崇敬されてきた。特定の信仰はなくとも死者に思いを馳せるとき、我々は空を見上げる。筆者も幼少期、祖父の火葬の際に煙が中空に立ち上っていくのを見て、祖父は天国に行ったのだと実感した。

人は月や星を見上げ、詩を詠み、星と星を結びつけて神話を作った。月ではうさぎが餅をつき、地上に産み落とされた美しいお姫様は月に帰っていったのだった。

科学がもたらした天空に対する認識の変化

16世紀の科学革命に始まった人類の「進化」は天体の謎をことごとく明らかにし、20世紀の人類はついに地球から離脱するに至る。それは「天界」の崩壊につながった。

人類で初めて地球を離脱し、自らの両眼で「地球」を見たユーリィ・ガガーリン(1934〜1968)は「地球は青かった」との名言を残した。また、「天に神はいなかった」と話したという。宗教的なものはすべて否定する無神論国家・ソ連の宇宙飛行士なら言いそうな言葉だが、これは都市伝説に近い。

日本以外ではむしろ「天に神はいなかった」の方が有名

しかし、キリスト教国・アメリカはこれに猛反発。現代でも多くのアメリカ人はガガーリンといえば、「地球は青かった」よりこちらを連想するほどだという。彼らは天空を支配したソ連の科学力に驚嘆し恐れ、そして天界を汚された怒りに震えたからだ。

その後、皮肉にもアメリカは国の威信のため、自らを天界の奥の院に到達させた。アポロ11号が月面に到達したのである。人類は地球の軌道からもさらに離れ、月という本当の意味における「他界」に降り立った。

月に降り立ったアポロ11号船長 ニール・アームストロング(1930~2012)の「この一歩は小さいが、人類にとっては偉大な一歩である」はあまりに有名だ。これは一国の科学力の偉業を超え、人間の勝利、人類の栄光を高らかに宣言したものであった。

同時に我々は死者が行くべき他界・異界を失った。科学は天体が石ころと同じ鉱物の塊であり、月にはうさぎもかぐや姫もいなかったことを証明した。死んだあの人はお星さまになどなっていなかったし、天国も極楽も存在しなかった。では我々の魂はどこに行くのか。死ねばそれで終わりなのだろうか。

宇宙飛行士たちが見たものとは

ところが、月面に着陸した宇宙飛行士の多くは、そこで人間を超えた「何か」を感じ、確信し、世界観が大きく変わったと語っている。科学のまさに最前線に立つ彼らは「非科学的」な神秘体験を語り始めたのだ。

アポロ15号で月に着陸したジム・アーウィン(1930~91)は、月面で「神の臨在」を実感したと語る。姿を見たわけではなく、声を聞いたわけでもないが、確かにそこにいるのがわかったという。アーウィンはその後、キリスト教系の伝道師となった。

ジーン・サーナン(1934~2017)は、ジェミニ9号で地球を、アポロ10号で月を周回、そしてアポロ17号で月面を探検した。そしてサーナンもまた、神の存在を認識したと語る。

サーナンによると、同じ宇宙飛行体験でも地球軌道から見る地球と月面に立って見るの地球では全く違うと話している。地球軌道からの地球はあくまで地表であるが、月面からの地球は説明できないという。そこには我々がどれだけ写真や映像を見ようが及ばない「何か」があるのだろうか。

無限なる存在

「月から地球を見る」とはどういうことなのか。それは、我々には想像すらできないスケールで、視野がとてつもなく広くなったということだと思われる。宇宙のとてつもない広さ、無限の闇にポツリと浮かぶ青い惑星、無限の世界から地球を「直接」見た時、彼らの中で何かが起こった 。

天文学や理論物理学の定義がなんであれ、我々にとって宇宙は無限の存在である。地球を離脱した宇宙飛行士たちはこの「無限」と身体的に直接向かい合ったのである。

ジム・アーウィンは「神の臨在」を実感したという。神なる存在があるとすれば、それは有限ではありえない。無限であるから神なのだ。というより、人知の及ばない「無限なる存在」を「神」と呼んできたと言った方が正しい。有限であれば、それが人間を超えるレベルの上位存在であっても「神」とは言わない。

得も言われぬ感覚を体験した宇宙飛行士

宗教哲学者・清沢満之(1863~1903)は浄土真宗の僧侶でありながら、「阿弥陀如来」を「完全無限」と表現している。阿弥陀如来の「阿弥陀」(アミタ)とは、梵語の「アミターユス」(無量寿=永遠の時)と、「アミターバ」(無量光=無限の空間)を意味する。阿弥陀とは無限なる存在のことだ。サーナンは語る。

「永遠の時の流れの中におけるまさにその時点に、無限の空間の中におけるまさにその場所に私がいてそれを見ていた」(「宇宙からの帰還」)

我々はいわゆる「無限」の概念を数学的に理解し証明することができる。しかし、宇宙飛行士たちはこうした「理性の目」とは異なる、身体的・直接的なインパクトをもって「無限」そのものを体感した。地球を離脱した時点で、彼らは宇宙=無限の最中に飛び込んだ。無限=神であるなら、まさしく彼らは神に抱かれたのだ。

死と「無限」

地球にいる限り、神と称したくなるほどの「無限」との身体的インパクトを体感することは難しい。現時点では我々が地球を離脱できる可能性はほとんどないだろう。我々が「無限」と触れあえるとすれば、それは「死」と向き合うこと以外にない。死をすべての終わりとするなら、話もそれで終わりである。しかし、死の向こう側に、魂が還るべき違う世界があるとする宗教的な世界観を有するなら、むしろ死と向き合う瞬間は無限との接点に立つことになる。

新しい「お星さま」

アポロは月にたどり着いてしまったが、宗教的世界観や我々が伝え聞く魂の神話を壊すことにはならない。それどころか宇宙飛行士たちは、地球を離れたその先に違う世界があることを語っているのだ。

人は必ず死ぬ。多くの人間にとって、愛する者の死は慟哭を与え、自分の死は恐怖を生みだす。宇宙飛行士の神秘体験はその死を超越する道を、新しい時代の神話を与えてくれる。21世紀の我々はまだ、人は死んだらお星さまになると、子どもたちに語り継げるのだ。

【追記】
宇宙飛行士のすべてがこのような神秘体験をしたわけではない。ドナルド・スレイトン(1924~93)のように、体験どころか、その後の人生になんの影響も与えなかったと語る宇宙飛行士もいる。だがスレイトンは月面に降り立ってはいない。ジーン・サーナンによると「地球軌道と月面では全く違う」という。宇宙船内にいるのと、月面に身一つで立つのではとてつもない差があるようだ。現代の宇宙飛行士から宗教的体験の話をほとんど聞くことがないのは、スペースシャトルや国際宇宙ステーションに留まっている故かもしれない。(あえて誤解を招きかねないそうした話題を避けている可能性もあるが。)

参考文献

立花隆「宇宙からの帰還」(1985) 中公文庫
ひろさちや「死の世界・死後の世界―来世を知り現世に救いをみる」(1991)徳間文庫

ライター

渡邉 昇

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