前火葬と後火葬が混在
福島県は歴史的な観点や、地理的な観点から見て、関東と東北のちょうど中間としての立場にあり続けています。
そのため、東北では一般的な前火葬でのお葬式の考え方と、関東地方で主流の後火葬の考え方が入り混じっていることが特徴です。
福島県内全体で見れば、後火葬の方が多いと言われています。
江戸時代における「藩」
福島県の歴史はとても細かく分けられたり主が変わったりしてきたという複雑な歴史があります。
東北地方で前火葬の広まった理由として最も有名な説は、現在の青森県に存在した津軽藩の初代藩主である津軽為信公が、京で亡くなったため、地元に戻る前に遺体が悪くなってしまうことから、京で火葬してから帰ってきてお葬式を行ったというものです。
この考え方が東北の藩同士の交流などを通じて北から流れて来ましたが、江戸時代には今で言ういわき市を中心とした地域は江戸幕府の直轄の地域であったため、そこから関東の後火葬の考え方が広まったとも言われています。
こういった複雑な理由から、北や南といった地方というよりも、その地域ごとの歴史から前か後かが決まっているということも知っておく必要があります。
お葬式を予定している場合、自分の地域がどちらなのかを知るには、地元の葬儀社などに聞くと詳しく教えてくれます。
参列者に接待するのは「隣組」の役目
福島県の一部の地域では、遺族は通夜の時に、参列者に接待をしてはいけないという考え方が存在します。
そういった考えの地域では、遺族がやらない代わりに、「隣組」や「念仏構」などのお葬式の手伝いをする専門の組織がその役目を担うことになっています。
お手伝いの組織がある地域全てがこういった考えがあるというわけではないので、自分が隣組などに参加している場合、どこまでやるのかは組織をよく知る人などに聞くようにしましょう。
隣組などのお葬式を手伝う組織は全国に存在しますが、通夜の時に重要な役目を担うという点で、福島県は特徴的です。
仮門
福島県では出棺の際に竹で作った仮門をくぐらせるようにする風習があります。
この仮門にはあの世への入り口としての意味があり、ここをくぐらせることで故人の魂をしっかりとあの世へ向かわせるための出入り口と考えられています。
この仮門ですが、棺をくぐらせた直後に取り壊しを行います。
こうすることで、あの世へ向かった魂の帰ってくるための出入り口が無くなります。あの世に行く道中で迷ってしまったり、帰って来てこの世に留まってしまうことを防ぎます。
仮門を壊すだけでなく、お盆の送り火を同じような意味のある「門火」という焚火を行うこともあります。
こうすることで、よりいっそうこれらの意味を強めることになります。