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「相続対策はお早めに」が煽りではなく、本当に早くした方がいい理由とは

先月、筆者の知人から何故相続対策は早目にやる必要があるのか。早目にやらねばならない理由が分からないという話しを聞いた。知人は更に話しを続けたが、曰く、いつ対策しても大丈夫なのではないか。亡くなってからでも問題無いのではないか、何時やっても他人の勝手なのだから、他人からとやかく言われる筋合いは無いとのことだった。確かに、相続税法並びに民法では相続税並びに贈与税について、早目に対策をしろとは一言一句記載されてはいない。では、何故早目に対策を打つ必要があるのだろうか。それは早目に対策を打った方が、結果的に有利になる場合が多いからなのだ。

ヴィクトリア朝イギリスで重視された家族の絆とその影響を受けた当時の葬儀

19世紀のヴィクトリア朝イギリスは「イギリス人の家庭は城である(An Englishman’s house is his castle.)」という格言通り、家庭の団欒が重要視されていた時代だった。イギリスといえば紅茶が有名だが、フランスの文芸評論家のイポリット・テーヌは『イングランド覚書』(1872)の中で、「イギリス人にとっての幸福な家庭とは、夕方6時に帰宅し、貞淑なる妻にお茶を入れてもらい、膝の上にはい上がる4、5人の子どもたちに囲まれ、うやうやしく使用人にかしずかれる状況である」と書き記している。当時のイギリスにおいては、紅茶を飲むことそのものが家庭の幸福と結びついていたことがわかる記述である。


死後数年経過し、遅れてやってきたある方の訃報から蘇る思い出と生じる後悔

幸せの象徴として知られる『青い鳥』。これは1908年にモーリス・メーテルリンクが書いた戯曲です。貧しい木こりの子のチルチルとミチルが、クリスマスの夜に隣の家の娘さん(魔女の娘?)の病気を治すため青い鳥を求めて色々な国をたずねるお話です。

先立った夫に対する追悼も、ヴィクトリア女王のイメージ戦略のひとつだった

イギリスのヴィクトリア女王の治世(1837〜1901)において、1851年のロンドン万国博覧会に始まり、1873年の大不況までは、イギリス史上最高の繁栄時代と言われている。それは世界で最初に産業革命を成し遂げた結果、イギリス国内において石炭と鉄を利用した重工業が発達した。そしてそこで生産されたものが輸出され、世界の工場として世界経済に君臨したこと。更にインドやニュージーランド、アフリカ等など、世界の各地を手中に収めたこと。最終的にそれらの富の集積によって、イギリスが世界の自由貿易網の中心となったからである。


終活するなら棺にも拘るべき?値段や種類、購入時のポイントをまとめてみた

遺体を納め、火葬や埋葬により葬るための入れ物である「棺」。その「棺」について今まで考えたことはあるだろうか。歴史は古く、日本では古墳時代からあり、特に権力を持つ者は多量の副葬品が周りに供えられた。エジプトや中国などの外国でもその歴史は紀元前2000年にまで遡る。そんな世界共通の伝統の文化である「棺」について綴っていく。ぜひ棺にこだわりたい方は特に「購入を決める際は」を読んで頂きたい。

利用していない土地はさっさと現金化しておいたほうが相続においては賢い

相続時に最も揉めるもの、それは遺産分割協議だ。そして、遺産分割において最も揉める原因は、土地なのだ。何故かと言うと、土地は現金のように相続人達で当分に分割するのが困難であり、状況によっては価値の評価も困難だからだ。故に、現金化してしまえばある程度問題は解決できる。居住している建物に付属している土地ならば利用を継続している分まだ良い。しかし、利用していない、または利用する予定の無い土地だと尚更面倒なことになってしまうだろう。今回は、利用しない(利用する予定の無い)土地について綴ってみたい。


沖縄独特の墓参り「シーミー」を知って、葬儀や墓参りの考え方が変わった話

「来週のこの日は、シーミーがあるので行かれないんだ」ーー沖縄出身の友人と遊ぶ約束をした時にこんなことを言われました。シーミーとは初耳だったのですが、彼女はあまりにも自然に言うものなので知らない私がおかしいのでは?と思ってしまい、その場で聞くことができませんでした。後ほどネットで調べてみると、沖縄のお墓参りの習慣だということがわかりました。

仏壇ってリサイクルできるの?買い取ってくれる?買い替えの注意事項は?

ここ最近、お墓の引っ越しやお墓を閉じて永代供養に変えるなど「先祖代々のお墓を守る」と言う文化が薄れてきた様に思える。また離婚率の上昇や死後離婚・核家族化の増加など家族・夫婦のあり方の変化によりお墓や仏壇の継承が難しくなった。筆者もその一人である。というのも先日、夫が相続により、お墓と仏壇を継承する事になってしまったのだ。そこで、これからのお墓・仏壇の継承と故人への供養について考察してみた。


向田邦子さんの死生観を考えてみた

昭和のテレビドラマの人気を支えたひとり、放送作家の向田邦子さんが亡くなったのは昭和56年8月の航空機事故だった。享年52歳。直木賞作家でもある向田さんは、まだまだこれから活躍していかなければならない人だった。とても残念でならない。当時まだ幼かった私は、彼女の代表作である「だいこんの花」「七人の孫」「寺内貫太郎一家」「阿修羅のごとく」など、どこかで聞いたことはあるかなぁ、程度の知識しかなくそれ程関心もなかった。実は、向田邦子なる人物も、お恥ずかしながら最近知った有様だ。そんなわけで、今さらながら向田邦子さんの死を残念がっているという次第なのである。

葬儀で遺骸を包む毛織物は自国のもののみ認めるという法律を作ったイギリス

海外からの廉価な輸入品の流入によって、停頓してしまった自国の伝統的な産業を救うため、高い関税を課したり、輸入量の制限を加えることなどは、ある意味ありふれた方策だ。しかしクロムウェルによる共和制政権(1653〜1659年)時のイングランドでは、アフリカの奴隷を使役することで急速に発展した綿織物工業に対抗し、国を支えてきた伝統的な毛織物産業を保護するため、1660年以降、葬儀の際に毛織物以外の布で遺骸を包むことが違法になったという。


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