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人体標本として死後200年弱の間、博物館に展示されたサラ・バートマン

18世紀後半〜20世紀始め頃の時代、当時の「先進国」であった西洋諸国や、やや遅れてその列に加わった日本などでは、近現代的な博物館や美術館、大学付属の研究所が作られるようになった。当時の博物館や大学付属の研究所では、しばしば自国が植民地や保護国として支配していた地域などから、そこの先住民族の人々の遺体や遺骨を、「人体標本」として収集・収奪していた。尚、これは日本も決して他人事ではなく、アイヌの人々の遺骨や、ハンセン氏病の患者たちの遺体の一部などが、「人骨標本」「人体組織標本」とされた歴史があることも、忘れてはいけない。

家族葬に否定的なイメージがつきまとう理由とそれを押し広げる正体とは?

家族葬には「家族や生前親しかっただけで行う葬儀」や「一般葬と違って慌ただしくなることがなく、最後の時間をゆっくりと過ごす」というポジティブなイメージが有る一方で「質素」や「安っぽい」、「親不孝」というネガティブなイメージもつきまとう。


死はその存在とともにその人が生きた「時代の空気」のようなものさえも消す

「安田興行社、山本丑松様の告別式を行います」ーー葬儀会場には、吉本興業社、そして桂米朝から送られた、大きな花輪が飾られている…。ドキュメンタリー映画、『見世物小屋 旅の芸人・人間ポンプ一座』(1997年)のオープニングだ。

心霊スポットの代名詞「墓地」ーーいつの時代からそんな存在になった?!

説話集や要人の日記など、中世日本の様々な書物には、他の時代では余り語られない、また実話か作り話なのかも不明な不思議な出来事が、時々記録されている。そうした出来事の中には、葬儀文化的に見ても興味深い事件が、幾つかある。


【決定版】香典の金額・相場はいくら?

心に残る家族葬では株式会社オウケイウェイブが運営する「OKWAVE」というQ&Aサイトにてアカウントを登録し、ユーザーの方々から頂く葬儀・葬式や家族葬、終活に関連した質問に専門家として回答しています。そこで今回はそこで投稿されている質問と回答を紹介させていただきます。

自然と共生してきた歴史をもつモンゴルの葬送と供養について

生前、私の父は「人間にはその人の食い分の米があって、それを食べてしまわないことには死ねない」などと言っていました。父の故郷は昭和の半ばごろまで土葬でした。農家に生まれ育った父は、都会暮らしが長くなった晩年まで、土で生き土に還る農民としての考え方を捨てられなかったのです。こんな父の考えを共有してくれるだろう人々がモンゴルにもいるようです。


死亡日から10ヶ月以内に遺産分割が纏まらなかった場合の3つのデメリット

相続税や贈与税に限らず、高額な納税は誰もが嫌がる。筆者とて例外ではない。できる限り納税したくないのが人情ではあるが、脱税ともなると国家に喧嘩を売ることと同義であるため、懲役刑を始めとした大きなペナルティを課せられる。だが、法の範囲内においての節税ならば大丈夫だ。あくまでも法で認められているのだから、法を順守していれば問題にはならない。法を順守していれば、と書いたがそうでなくなってしまう場合がある。意図してのことならば救いようがないが、意図せずにそうなってしまい、結局ペナルティが課せられてしまった例がある。究極の終活とも言える遺産分割協議においての話しだ。

【葬儀】供花を送ることは、送るという行為以上にもっと重要なことがある

先日、祖父の葬儀があった。斎場正面に祖父の遺影があり、周りには供花が飾られていた。唐突だがこの供花について、私は小学生の頃から、葬儀にとって本当に必要なのだろうかと疑問に思っていた。勿論、供花によって鮮やかになることは間違いない。しかし必ず必要というわけでもないだろうと考えていた。


仏教を由来としている「火葬」だが、必ずしもそうとはいいきれないという話

日本も含め、東アジアで行われる火葬、特に近代になる前に行われた火葬は、仏教信仰に由来すると一般的にいわれている。しかし、これまた日本も含めてであるが、東アジア諸地域で古くから行われた火葬は、実は必ずしも仏教と関係があるとはいえないのである。また、今回は割愛するが、仏教を深く信仰した人物が、火葬を否定的に捉えていたケースも、実は少なくない。

「遺産は無理だがせめて生命保険金を愛人に遺す」とした場合の相続上の損失

人によっては、踏んだり蹴ったりの状況になる相続がある。それは、被相続人に愛人が居て、その愛人を受取人とし、被相続人が契約者として生命保険契約を締結していた場合だ。被相続人が男性であれ、女性であれ前述の要件に該当すれば悲惨な状況を招く可能性がある。


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