心に残る家族葬のロゴ
追加費用不要の葬儀

心に残る家族葬トップ > 葬儀のコラム

お茶菓子としてだけでなくお彼岸やお盆でもお馴染みのお菓子「落雁」

お彼岸に近くの和菓子屋さんにお仏壇に差し上げる牡丹餅を買いに行った時の事です。店員さんに頼んでふと見ると、横に綺麗な菊の花をかたどり積み重ねたお菓子がありました。『打ち菓子』と書いてあります。「これはいつもあるのですか?」と聞くと「いえ、お彼岸とお盆だけです」との返事でした。『打ち菓子』とは米粉など穀類の粉に砂糖や水飴などを加え、木型に詰め乾かして打ち出した干菓子で“落雁„や‟塩釜„などの総称です。

生涯独身で親兄弟もいないおひとり様が亡くなった場合の相続財産はどうなる

最近孤独死に関する報道を目にすることが多くなった。悲惨な話しではあるが、減少するどころか増加傾向であると言う。筆者はこの報道に接する度に、どうしてもある人を思い出してしまう。ある人とは、一代で財を築き乍ら未婚のまま孤独死してしまった男性のことだ。


「私が死んだら鳥葬にしてもらいたいのよ」と話すマツコ・デラックスさん

「私が死んだら鳥葬にしてもらいたいのよ」と、以前、マツコ・デラックスさんがあるテレビ番組で語っていた。鳥葬とは、ひらたく言えば遺体を鳥に食べてもらうという葬送の儀式であり、遺体の処理方法のことである。主にチベットやインドなどの一部で行われている。日本では今でも土葬のところがあるようだが、主流は遺体を火で焼いて、全て灰にしてしまう火葬が一般的である。

大阪市天王寺区にある日本最古の仏教寺院「四天王寺」のエンタメ要素

文部科学省は学習指導要領を改定し、2020年度から小学校社会科教科書の「聖徳太子」を「厩戸王(うまやどのおう)」の表記にすることを決めた。それは「聖徳太子」は死後の呼称で、歴史学的には「厩戸王」が一般的であるからという。かつては1万円札に採用された「聖徳太子」だが、1984年に「福沢諭吉」に変更後、生活密着のシンボルから「十七条憲法」、「和をもって尊しとなす」で知られる歴史上の一人物として遠ざかってしまったと感じるのは筆者だけだろうか。そのような「聖徳太子」のなしたことが今日に至るまで継承されている場所がある。聖徳太子が建立した、「四天王寺」だ。


不吉という理由で宮型霊柩車が禁止傾向にあるが私は少し残念な気がしている

近頃、宮型霊柩車を見なくなったように思う。少し調べた結果、それは個人の気のせいではなく全国的な傾向だった。維持費が莫大であること、火葬場での乗り入れを禁止する自治体が増えたことなどが主な原因という。また社会的な繋がりが薄れ、葬儀も親族のみで済ませることも多くなった。死を間近で見る機会がなくなった分、自分には関わりのない不吉で不快なもの、避けるべきものとする時代の変化もあるのだろう。

江戸時代、旅先で亡くなった場合は旅先で弔うか故郷に帰ったかどちらか?

日本の近世は、「死者は遺体や墓やこの世に宿らず、速やかに死後の世界に行く」とする中世的な信仰から、「死者は墓や遺体に宿って、この世に留まる」とする新しい信仰に移っていく、いわば過渡期であった。そのため、近世に入る前には希薄であった、何らかの理由で故郷と遠く離れた場所で亡くなった死者は、何とかして故郷の墓に埋葬されるのが、幸せだとする価値観が生まれた。


「おはぎがお嫁に行く時は、あんこときな粉でお化粧して…」という替え歌

そろそろ春のお彼岸です。お墓参りを予定している方も多いと思います。日本のお墓は一般に郊外、もしくは山の中腹に多く、花粉症の方はお墓参りも大変ですね。お墓の中の方が「いったい誰だ?」と思うようなスタイルでいかなければなりません。さてそのお墓参りに欠かせないのが牡丹餅(お萩)です。以前に「牡丹が咲く春の彼岸に食べるのが牡丹餅 萩が咲く秋の彼岸に食べるのがおはぎ」というタイトルで色々と書きました。諸説あると思うのですが小豆の赤色が邪気を払うとの事で、牡丹餅がお彼岸には欠かせないお菓子になったというのが通説です。つまりお彼岸のお菓子は「あんこの牡丹餅」なのです。

【遺産分割】財産と負債がそれぞれどれだけあるのか調べる具体的な方法

先月のとある日曜日、筆者の知人から相続に関係する質問を受けた。質問の内容は、節税に関することであったが、相続人や遺産分割に関する問題は無いものと見受けられた。だが、話しを聞いている内に、根本的な問題があることが分かったのだった。それは、知人の父親が所有する財産が一体幾らあるのか、ということを知人自身が把握していなかったことだ。筆者は知人に対し、相続税の節税云々よりも最初に財産と負債の現時点での総額を確定させた方が良い旨を伝えた。話しはそこでお開きとなった。


日本国民にとって忘れられない3月11日は私の母の命日でもある

3月11日と言えば、日本では絶対忘れてはいけない重要な日だが、私にとってもとても重要で、決して忘れることのできない日だ。何故ならそれは私の母の命日でもあるからだ。
母は今から九年前の3月11日にこの世を去った。家の中で倒れているところを発見され、病院に担ぎこまれたのだが、私と妹が駆けつけたときにはすでに意識は無かった。くも膜下出血のような症状の病気で、とても覚えきれない程、長くてややこしい病名だった。

子供の守り神である地蔵。しかしそれとは違う成立ちの桐ヶ谷斎場の子別れ地蔵

日本各地のお寺や美術館・博物館には、さまざまな大きさ、形、そしてつくられた国や時代が異なる「仏さま」をかたどった像こと、「仏像」が多く安置・展示されている。そうした「仏さま」の中でも、お寺や美術館などばかりではなく、都会や田舎を問わず、いつも通る道の片隅に、守り神のようにずっと立っている「像」がある。それは、地域のおじいさん、おばあさんがいつもきれいに掃除して、お花やお供え物を絶やさないようにしている「お地蔵さん」「お地蔵さま」だ。


このページのトップへ