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ノールべ文学賞受賞作家で詩人のヘルマン・ヘッセが考える「シッダルタ」

日本人にもなじみ深い詩人のひとりであるヘルマン・ヘッセ(1877〜1962)が1919年に書いた詩に「あらゆる死(Alle Tode)」というものがある。

癌が見つかった時に生まれて初めて自分が死ぬかもしれないと真剣に考えた話

以前、健康診断で胃癌が見つかった。バリウム検査で引っかかり、その後の胃カメラ検査で病名が確定した。ちなみに私はこの胃カメラ検査が嫌いだ。最近は随分細くなって楽になったと言われている、ハイテク技術が沢山詰まった鉛色の管。くねくねとまるで生き物の様に私の口から喉へ、そして奥深く内部へと滑り込んでいく。私の苦しみなど全くお構いなしに、そいつはどんどん奥深くに入り込んでいく。私の身体は次第に、顔中の穴という穴から液体を流出し続けるという、恐ろしい異変が起こり始める。痛く苦しい。恥かしく悲しい。毎回、本当に命が削られていく気がする。


掃除用具等の荷物を車に積んで、一家総出が恒例だった私のお墓参りの思い出

ある日Twitterを見ていたら気になる投稿を見つけた。投稿者が小学生時代に使っていた筆入れを父親が線香入れにしている、といった内容のものである。その筆箱というのは昔ながらのマグネットで蓋が閉まる大きな革製のもので、蓋を開けると一本ずつ鉛筆が入れられるようになっている。本来なら鉛筆が入っているところに線香をさして持ち歩いているというのだ。ちなみに父親は四国三十三か所巡りをしているという。この投稿には「斬新な発想だ」「お墓参りにも便利そう」といった反応が見られている。

「散骨の是非」ーー本人の希望とそれに対する周囲の人間との温度差を考える

先日、私が幼い頃から尊敬していた叔父が亡くなりました。享年77歳でした。学歴やら社会的地位やらを云々する意図は無いのですが、叔父は有名大学を卒業後、大手メーカーに勤務し、主に海外畑を歩んだ人でした。五、六か国語の会話をこなし、現地の工場長などを歴任しました。遺族らの選択なのか、遺言にそうあったのか定かではありませんが、そんな輝かしいサラリーマン人生を送った叔父の葬送方法は海洋散骨でした。


墓地でピクニックはあり?日本と海外ではお墓参りの考え方が異なる?

持参した弁当を広げたり、あるいはバーベキューなどを楽しみながら、明るい陽射しに照らされた風景や自然を眺める。公園などでのんびりするのも休日の楽しみ方である。特に5月は芝生の緑も美しく、花壇の花も元気に満ち溢れている。こんな場所では気分も開放的になって食べ物も美味しく、家族や友人との話も弾むだろう。もちろん一人で文庫本などを片手にくつろぐのもいい。

寺社や仏像を撮ってきた写真家・土門拳の遺作「越前甕墓」と彼の一生

1956年の経済白書に「もはや戦後ではない」と記されてはいても、決して「過去の出来事」ではない原爆被爆者をとらえた『ヒロシマ』、炭鉱閉山後の荒廃した筑豊のこどもに肉薄した『筑豊のこどもたち』、およそ15年の歳月をかけて、日本の代表的な寺社や仏像を撮った『古寺巡礼』シリーズなどの作品で知られる写真家・土門拳(1909〜1990)は、「鬼の土門」と呼ばれていた。


仏壇は買い替えたり手放したりせずに、これからはリメイクする時代?

先日「仏壇を小さくリメイクするサービスが注目されている」という新聞記事を目にしました。成程、このサービスを利用すれば引っ越しなどで居住空間が狭くなっても、慣れ親しんだ仏壇、代々受け継いだ仏壇を使い続けられます。つまり買い替えや手放しをしなくて済む訳です。ちなみに可能な限り元の雰囲気を残すとのこと。ただ面白い事に、同じ大きさの新品を買い替えるより高くつく場合が有るらしいのですが、「今までと変わらぬ気持ちで仏壇の前に座り、手を合わせられる」と、利用者には好評だとか。やはり仏事は金に換えられないということでしょうか。

自然に還る葬送がブームになっていることに対して感じるちょっとした違和感

以前歯医者さんでレントゲンを撮ってもらったことがありました。見てみると頭部全体が映っています。自分のものと分かっていても頭蓋骨を見るとぎょっとするものです。ところで日本人は遺骨や遺体を大切にする国民だと思います。先の大戦の遺骨を収集する事業は、昭和27年から始まり現在も続いていますし、東日本大震災で被災された方の遺体捜索もまだ続いています。遺骨が戻って丁重に家族の墓に祀られ、そこで初めてその方の魂も安らぐことができると信じられています。そして頭蓋骨はその象徴のように思え、特別な感慨を感じるのでしょう。


自分が死んだら棺に何を入れてもらうか。何を入れたいか。何が相応しいか。

先日、お葬式に出席してきたという知人が「棺にお花を供える要領で、紙コップに入ったお酒を並べてたの。珍しいわね」と言っていた。恐らく故人が生前酒飲みであったのだと推測はされる。確かに液体をご遺体の周りに並べるというのは、あまり聞いたことはない。だが、人間はそれぞれに違う。顔形も、生き方も、好きなものも。となると、その人の『生きた証』というものを棺に納めるのだとしたら、それはそれぞれの個性を象徴するものになるのは、当然ではないだろうか。

「虎は死して皮を残す 人は死して名を残す」をある人物の生涯から考えてみた

鎌倉時代の倫理道徳、幕府の教宣を記したとされる『十訓抄(じっくんしょう)』の中で、奈良時代の高僧・行基(ぎょうき)が臨終の際、弟子たちに教え戒めた言葉のひとつとして紹介されている言葉に、「虎は死して皮を残す、人は死して名を残す」というものがある。この言葉が持つ意味、そして重さを、あるひとりの考古学者の一生を通して、考えてみたい。


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