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遺体はモノなのかヒトなのか。死者は生きているのか。死者の人権とは。

現代社会が自然科学に全幅の信頼を置いていることは間違いない。科学的に世界を解釈する世界観とは、合理的・論理的・理性的な思考、判断を含意するものであると考えられ、「科学的には正しい」「科学的にありえない」「科学的に明らかになった」など、専門的な知識のない人も「科学的」なる言葉を様々な行為・事象に対して真理を指す形容詞として用いている。自然科学の発達・発展の恩恵は計り知れない。しかし一方で、軽視されるものもある。そのひとつが死者の存在・尊厳という考え方である。


「モノ」としての遺体

司法解剖を終えた乳児の遺体の頭部にレジ袋をかぶせられ、精神的苦痛を受けたとして両親が訴訟を起こしたという報道がされた。葬儀会社の担当者は「体液が漏れ出すのを防ぐ目的」であると説明したという。遺体の扱いについて死体解剖保存法は「特に礼意を失わないように注意しなければならない」と定めていると両親は指摘。「ぞんざいな扱いを受け、悲しみに追い打ちをかけられた」と訴えた(朝日新聞デジタル 2018年5月21日11時40分配信より抜粋)。

当の業者の心境は知る由もないが、決してぞんざいに扱ったわけではないのかもしれない。多忙な業務の中でむしろ体液が漏れ出すことは遺体に対して忍びないという思いがあったのかもしれない。しかし一方で、一般の人と比較してある程度の「慣れ」がなかったとも言いきれないだろう。その「慣れ」故に迅速かつ適切な処置が施せるのも事実だが、遺族にとってはかけがえのない存在の、ただ一度きりのことである。それでは済まされない。遺族にとって死者は「モノ」ではない。遺体を軽んじることは死者を再び殺すことに他ならない。


人権なき死者

以前、リベラル系の新聞記者がある殺人事件の判決等について「死者に人権はない」と語ったとネット上で話題になった。原文を歪曲した内容ではあったが、これが話題になったのは(イデオロギー的対立も無視できないが)、死者の尊厳を軽んじているような表現に対する嫌悪感と怒りが背景にあったと思われる。

(注)
人権とは生きている人間の生きる権利である。複雑な法的規定もあり単純に断言はできないが、少なくとも死者に生きている人間と同等の権利はないことは明らかだ。法律とは理性の産物である。つまり死者に人権はないとの考えも科学的世界観に基づいている。


科学的世界観における死者

遺体は「モノ」であり、死者に人権はない。科学的世界観とは「唯物論」と言い換えてもよい。物質だけが存在する世界である。唯物論的に見れば遺体は単なる物質である。「モノ」である。そして死者は生きている我々の世界には存在しない。死者は話さない、意識がない、理性もない、だから人間ではない。故に死者に人権はない。唯物論に基づき合理的に思考を巡らせばこれは正しい。
しかし我々はそれでは割り切れないものを感じるはずだ。科学的世界観がどれだけ死者の存在を否定しても、なお滅びぬものがある。


死者は生きている

亡くなった人は心の中に生きているという言い回しがある。我々が死者を語り、思いを馳せる時、我々の間で死者は再び意識の表象に立ち現れる。その死者は時に我々を励まし、叱咤し、変わらぬ笑顔を見せてくれる。

それは単なる記憶の想起では留まらない。我々は死者の存在を終わったものとして無視できない。死者の存在はこれからの我々の生き方に影響を与えないではいられないのだ。我々は死者と共に生きていくのである。

哲学者・田辺元はこうした死者の立ち現れを「死復活」、死者と共存して生きていくことを「実存協同」と呼んだ。「理性的で科学的な態度」が、これを単なるロマンチシズムやファンタジーとして揶揄するとすれば、現代社会は人間として大切な何かを喪失していると思わざるをえない。


死者と生者の新たなる関係

本稿は葬儀業者の話題に始まったが、死者が立ち現れるもっとも一般的な場が葬儀である。遺族も会葬者も共に死者を追憶し、語り合い、死者の存在はその場にいる人々の間に共鳴していく。その意味で本来、葬儀とは死者との別れの場ではなく、死者と生者の新たなる関係を築く場であるといえる。業者にはそのような大切な場の運営に従事しているという意識を促したい。

我々もまた死者と共に生きている、死者は存在するという感覚を「科学的」ではないと嘲笑するのではなく、もう一度考えてみなければならない。これから人生を共にしていく死者の尊厳を軽んじることがどうして許されるだろうか。


ライター 渡邉 昇
遺体 明日への十日間

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