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「鬼」が初登場した日本書紀から現代に至る迄の解釈の変遷

「障害者」の芸術作品というと、何が思い浮かぶだろうか。赤や黄色などの原色を大胆に用い、遠近法に関係なく、描きたいものを大きく描き、「上手」「下手」など、まわりからの「評価」や「お体裁」に一切こだわらなかった幼い頃に、我々が描いていたものを思い出させるものか。それとも、緻密かつ正確で、「障害者」を忘れさせる「天才的」なものだろうか。

伊藤喜彦(1934〜2005)の作品は、それらの「イメージ」「固定概念」から大きく外れたものである。

「鬼」が初登場した日本書紀から現代に至る迄の解釈の変遷

「人間の、奥の奥には鬼が棲んでいる」と語る芸術家 伊藤喜彦

伊藤は1955(昭和30年)年に設立された、日本初の成人を対象とした知的障害者支援施設・滋賀県の信楽青年寮で暮らしつつ、多くの個性的な陶芸作品を作っていた。そんな彼の口癖は、「情けない」。しかも自分の作品を人に説明する際、常に、「人間の、奥の奥には鬼が棲んでいる」と語っていたという。

「鬼」と言えば我々は、頭の角と赤か青い皮膚、虎の毛皮のパンツをはいて、太い金棒を持った、見るからに屈強で恐ろしい怪物を連想してしまう。また、「鬼」という言葉が象徴するものは、罪・悪・不道徳・節操のなさ・穢れ・野性・怒り・憎悪・醜怪さなど、到底、我々が近づきたいとは思えないものばかりである。そもそも「鬼」とは何だろうか。『古語大辞典』によると、下記の意味がある。
(1)死者の霊魂。魂。怨霊。
(2)神秘な力を持った存在。超自然の存在。
(3)想像上の怪物。羅刹や夜叉などに似た姿や、美女などの姿となって現れる。
(4)食物の毒見(どくみ。食物に毒が入っていないか、味見すること)のこと。

そして「おに」とは、「怨」の字音「おん」が転じたものというが、「隠」の字音「おん」から転じたものという説が有力である。奈良時代頃も「鬼」という文字が用いられていたが、「もの」「しこ」などと訓(よ)まれ、「おに」とは訓まれていなかった。

鬼の起源とされている「しこ」、「もの」

国語学者の大野晋によると、「もの」は「者」の訓読みだと考えられているが、平安時代初期の漢文訓読体では「者」の字は、人間に関しては「ひと」と訓まれたが、「もの」とは訓まれなかった。

「ひと」は社会的に一人前の存在をいい、「もの」は物体である。それゆえ、「もの」は「ひと」以下の存在を指すという。人間に用いるとしたら、例えば「痴れもの」「好きもの」「悪もの」「若もの」「怠けもの」など、偏った人間、いい加減な人間、一人前でない人間をあらわすのに用い、「痴れひと」「悪ひと」などと用いることがなかったと指摘する。

また、「しこ」こと「醜」とは、『旺文社 古語辞典』によると、下記の意味がある。
(1)頑強なこと。頑固なこと。
(2)醜悪なものや愚鈍なものを憎しみののしっていう語。
(3)自身を卑下していう語。強さ、頑固さの意から愚かさ、あざけりの意ともなる。

鬼とされていた「もの」や「しこ」が登場したのは日本書紀

このような「鬼」こと「もの」「しこ」は、日本初の「正史」とされる『日本書紀』の中に初めて登場する。

欽明天皇5(546)年の12月に、越国(こしのくに。現・福井県敦賀市〜山形県庄内地方)からの報告として、佐渡島の北の御名部(みなべ。現・佐渡北端の加茂郡鷲崎・願浦か)の海岸に、粛慎人(みしはせひと。日本の北方に住んでいた民族)が1隻の船に乗って来て、滞留した。
彼らは春夏、魚を捕らえて食糧としていたが、周囲の人々は、彼らは人でないとか、鬼であるなどと噂し、近づこうとはしなかった。そんな折、その島の東の禹武邑(うむのさと。現・加茂郡加茂村の梅津)の人が、椎の実を拾って、火を通して食べようと思い、灰の中に置いて焼いていた。するとその皮が2人の人間になって、火の上に1尺ほど飛び上がり、いつまでも闘い合っていた。邑(さと)の人はとても不審に思い、皮を取り出して庭に置いた。しかし、それらは闘いを止めない。
そこである人が占いをしたところ、「この邑の人はきっと鬼に惑わされるだろう」と言った。間もなく占いの通り、邑の人は鬼にさらわれた。その後、粛慎人は瀬波河浦(せなかわのうら。現・加茂郡鹿の浦か)に移った。浦におられる神は強い霊威があるというので、人があえて近づこうとしない場所だった。しかし粛慎人は渇きのためにそこの水を飲んだ。すると半分の人が死に、その骨が岩穴に積まれた。そのため、骨が積まれた岩穴を、世の中の人たちは粛慎隈(みしはせのくま)と呼ぶようになった、と記されている。

ここで登場する「鬼」は、実体がつかみにくい霊魂や怨霊というより、我々が抱く、「自分たち」とは違う、または自分たち「以下」の、災いをもたらす禍々しい存在でありつつ、同時に、神秘な力を持つ存在でもあり、醜さ、そして頑固さ、頑強さを表すものとして描き出されている。

続日本紀に登場した鬼は鬼払いをされていた

そして、平安時代初期の延暦16(797)年に編まれた『続日本紀』によると、慶雲3(706)年は、諸国に疫病が流行ったことで、民が多く死んだ。そのため、国で初めて、土で作った牛を宮城の四門に立て、盛大に儺(おにやらい)をしたという記述がある。
「儺」とは、中国から伝来した、人間に災いをなす邪悪なもの、すなわち「鬼」を追い払う儀礼である。中国では紀元前15〜14世紀の殷(商)の時代に始まったとされるが、日本に伝わったのは、漢の時代に儀式として整えられたものだったという。それは、毎年12月30日に、黒の上着と朱色の裳(も)と呼ばれるスカート状の下履きをはき、その上に熊の皮をまとい、金色の4つの目がある仮面をかぶった、方相氏(ほうそうし)と呼ばれる役人が多くの手下を従え、大声で呪言を唱えながら、鬼を追い払うものだった。それ以来、主に平安時代において、儺(追儺)は、宮中で毎年行われる重要な儀式となった。

そのような「鬼」は平安時代中期までには、元来「おに」と「鬼(き)」の観念は別だったにもかかわらず、中国の「鬼(き)」の思想、仏教の羅刹や夜叉、日本の伝説などから、現在の我々が抱く「おに」のイメージが形成されていった。例えば『日本霊異記』(822年)、中巻、第5話の「漢神(からかみ)の祟(たたり)に依り牛を殺して祭りまた生(いきもの)を放つ善(よきこと)を修(おこな)ひて現(うつつ)に善(よきこと)と悪(あしきこと)との報(むくい)を得る縁(ことのもと)」の中に登場する、「非人」としての「鬼」の姿がそれである。

摂津国東生郡撫凹村(ひがしなりのこおりなでくぼむら。現・大阪市か)にいた、ひとりの富める男が、漢の国の神の祟りから逃れようと、毎年1頭ずつ牛を殺していた。すると7年目に大病にかかってしまう。どんな治療も薬も効かなかったため、男は7年間、床に臥せったままだった。そこで男は、自分がずっと殺生をしていたことに思い至り、毎月8、14、15、23、29、30日の六節(ろくせち)の日に、生き物を世に放った。それから7年後、男は亡くなってしまった。死ぬ前に男は妻子に、死後19日間、火葬にするなと申し付けておいた。すると9日目に男は甦り、死後の世界を語り始めたという。そこには、牛の頭に人の体を備えた7人の「非人」、すなわち鬼がいた。

彼らは男の髪に縄をかけ、それをつかんで、男を取り囲みながら、閻魔大王がいる楼閣まで連れて行った。そこで男は7人の鬼たちが、自分が7年間で殺した牛の化身だったことを知る。鬼たちは男を膾にして食ってやる、と閻魔大王に訴えた。しかし男は、7年間、生き物を世に放った功徳によって、閻魔大王から許され、甦ることができた。生を再び得た男は、今後は漢の神ではなく、仏教を敬うことを誓い、幢(はたほこ。上部に小旗をつけた鉾)を立て、仏を安置し、仏法を守りながら、生き物を世に放った。その場所は那天堂(なでどう。現在、所在地不明)と呼ばれるようになった。最終的に男は90歳余りまで長生きしたという。

マイナスなイメージがつきまとう鬼だが、必ずしもそうとはいえない

これらの「鬼」の描かれ方をふまえて、冒頭で紹介した伊藤の作品に込められた、「人間の、奥の奥に棲んでいる鬼」とは何かを考えてみよう。

筆者としては、鬼は人に災いをもたらす、自分たちとは違う「もの」、または地獄に住み、死人を痛めつける役目を持つ「もの」、そして醜怪な悪の権化であり、同時に、伊藤の口癖のように「情けない」、哀れ、物悲しい。そのため、人前では「恥ずかしい」ので絶対隠しておきたい。そして自分としては「ないもの」にしていたい人間の業や本性ばかりではなく、超自然的な神秘の力を有する存在でもあったことに着目したい。我々自身に、必ずしも特別な「霊能力」「パワー」がなくても、「火事場の馬鹿力」ではないが、ギリギリまで追いつめられた時、とっさに機転が利いて、普段できそうもないことを結果的にやってのけてしまっていたり、または、「第六感」で、例えば、学生時代の定期試験などで、苦手な科目の「山」を当てたことがあったり、普段は疎遠だったものの、フッと、「あの人はどうしているだろう…」と考えたその瞬間に、電話やメールが来たり、偶然に街角で出くわす場合もある。それも我々が持つ「鬼」の本性が及ぼしたものかもしれない。

伊藤に数々の不思議な「もの」を作らせたのもまた、人間の奥の奥に棲む、神秘的な力を有する「鬼」のなせる技かもしれない。

最後に…

それゆえ、古くから多く描かれた恐怖の対象、更に現在では、「あいつは鬼だ!」「鬼ババア!」などの罵詈表現の中に登場する比喩的な「鬼」ではなく、自分自身の心の奥底にたぎる「情熱」「情念」「思いがけない力」「エネルギー」としての「鬼」に、我々はもっと目を向けるべきなのではないか。

そうすれば、我々に「鬼」の存在を作品を通して気づかせてくれた伊藤のみならず、罪や穢れからは無縁で、あくまでも「清廉」であろうとする、または怖い怖い、嫌だ嫌だと避けてばかりいた自分自身の心の奥に棲む「鬼」もきっと、喜ぶことだろう。そして、時折自信をなくしてしまったり、不信感を抱いてしまう自分自身に対しても、ささやかな安心感が持てるはずである。

参考文献:旺文社 古語辞典(1960)、 日本語をさかのぼる、 古語大辞典、 続日本紀 1 (新 日本古典文学大系12)、 しがらきから吹いてくる風、 日本書紀〈2〉、 日本霊異記 (新日本古典文学大系 30)、 鬼と天皇

ライター

鳥飼かおる

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