墓地は特別なところである。沈黙と静寂。ほかにない静けさをもつ場所である。
そのせいか墓地を重要な場所に選んだ小説は洋の東西を問わず数多くある。
墓地を訪ねた森鴎外や永井荷風、チェーホフ
森鴎外は史伝「渋江抽斎」で、抽斎の事跡を知るため方々の墓地を訪ね、鴎外を終生敬慕した永井荷風も「下谷叢話」で、何度も墓地を訪れている。
また、ロシアのチェーホフは短編「イオーヌィチ」で多感な主人公を墓地に行かせ、月光を浴びた墓地のなかで恋人との逢瀬を願う主人公を描いている。(もっとも、この主人公は後年、つまらない俗物になりはてるのだが)。
ところで墓地には墓石がつきものである。これは石には霊が宿っている、という信仰からきたものと言われているが、物事にはなにごとによらずプロとアマ、玄人素人の違いがあって、鴎外、荷風、チェーホフの三先生も、墓石に関しては、素人だったのではなかろうか。石の名前くらいは知っていたかもしれないが、たとえば産地などについては、やはり我々同様素人で、まして石の値段となると、これはもう一目見てピタリとあてるなんてプロの技はお持ちではなかったに違いない。
最も高価な墓石である庵治石はなんと・・・
もちろん、それで何の問題もないのであるが、さて皆さん、日本で墓石に使われる石、どんな石が一番多いかご存知ですか?
「御影石?」
そう。正解です。日本の墓石の9割は御影石。なかでも最高ランクに位置するのは香川県で採れる「庵治石(あじいし)」と呼ばれる石だそうで、普通の御影石が70万円程度とすると、同じ大きさでこちらはなんと500万円! 粒子が細かく、ツヤがあって、そのツヤは500年経っても変らないとか。
もっとも、そんな高価な墓石を購入できるのは限られた人だけで、墓石の値段は故人をおもう気持の深浅には関係のないことだ。(それでも100~200万円程度で墓石を購入する家が多いそうだが)。
また現在、日本の墓石は、ほとんどが中国から輸入されたものだそうである。中国のほか、インド、アフリカ、アメリカ、さらに、イタリアなどヨーロッパの石も日本で墓石になっているようだが、驚くのは、いずれも一度中国に運ばれて墓石に整形され、さらに○○家之墓、何某之墓と墓石の文字まで刻まれて日本輸入されていることである。故人を偲ぶ墓石はメイド・イン・ジャパンでなければ、と、こだわる必要はないが、野菜からなにから、なにもかも中国からなんですね。
墓地は特別な場所
2011年東北大震災の後、私は仙台の実家へ行き、ひさしぶりに父の墓を詣でた。墓地には地震で倒れた墓石が累々と横たわり、墓地全体が無残なありさまであった。誰もみな、早く墓石を起し、元に戻したいと願ったことだろう。
しかし、狭い墓地には、小型であれクレーンのような重機を入れるのは難しく、そう簡単にはいかない。さいわい父の墓は土台からずれているだけで倒れてはいなかったが、私もまた、どうにかして父の墓石を早く元に戻したいと思った。そんなに早く元に戻すことはできない知りつつ、そう願わずにはいられなかった。それは、一刻も早く、この無残な墓地に、墓地がもつ沈黙と静寂、静けさを取り戻したいという願いにほかならなかった。
墓地はそうした特別な場所であるべきなのだから。