チベットの宗教といえばチベット仏教、またはチベット密教ということになるが、仏教が伝来する以前にもチベット独特の土着信仰が存在した。それがボン教である。ボン教と仏教は互いに影響を与えた。表面上はほぼ仏教がボン教を取り込んだ形となっていったが、本来の特徴が消えたわけではなく、仏教とは異なる死生観や葬送儀礼が根強く残されている。

古代チベットの土着信仰 ボン教の起源と特徴
ボン教は古代のチベット地域で発達した宗教形態である。祖霊信仰と祭祀、呪術的な儀式・儀礼を用いて神仏や霊的存在らと交わる神降ろしなどを行ったとされる。その霊的存在も具体的な神格というより、それぞれの家にいたり、天地自然に遍く宿っていたりした。日本の八百万の神に近く、神道、それも形式化される前の自然宗教的な古神道に近かった印象を受ける。ボン教の「ボン」とは儀礼を行う行為そのものを指したとされ、儀礼の執行者、祭司などを「ボンを行う者」という意味の「ボンポ」と呼んだ。
死者儀礼や呪術的な儀式の存在から、ボン教は仏教に比べてシャーマニズム的な要素が強い。シャーマニズムとはシャーマン(霊媒や巫女など)による霊的存在との媒介者を中心とした宗教形態である。現在ではシャーマニズム的な要素はボン教の一部に過ぎないとする見解が主流だが、ボン教のマジカルな要素は、後のチベット密教に少なからず影響を与えたと思われる。
こうした古代のボン教に対して、現在のボン教は仏教の要素を取り入れたことで宗教的に完備されたもので新ボン教とも呼ばれている。一見、チベット仏教とほとんど変わらないように見え、部外者には見分けがつかない。だがその死生観はかなり異なり、法要を行う際には仏教系とボン教系の僧侶の双方に依頼する地域もあるという。
仏教伝来とボン教の受難 信仰間の衝突
チベットに仏教が伝来したのは7世紀のことで後に国教にまでなった。仏教側は当初、土着信仰であるボン教を迫害したが、民間に浸透していた信仰は消滅することなく混交していった。ボン教には仏教の概念や様式が取り入れられ、仏教にはボン教の儀礼や死者供養などが取り入れられた。この過程は武力闘争にまで発展した崇仏論争を経た後に、徐々に歩み寄っていった日本の神仏習合と似ている。古代ボン教自体も神道的な自然宗教であり仏教との関係は興味深い。
本来、仏教は実態としての霊的存在を否定する。ボン教のように霊的存在との交わりなどは認めない。占いや呪いも同様である。しかしチベットに伝来した仏教は密教の歴史では後期密教に該当し、既に呪術的な要素が含まれていた。土着の呪術的な宗教であるボン教とは混交しやすい状態だったといえ、より神秘的な色合いが濃くなっていった。なお日本に伝来した真言・天台密教は中期密教にあたる。そうした結果、現在のチベット仏教(密教)には、病を癒す儀礼や占星術、神秘行などが豊富に用意されている。チベットで知られる鳥葬を行う日時も占星術によって決められるという。
死後の世界「中陰(バルド)」 ボン教と仏教の共通思想
ボン教の死生観、葬送儀礼はチベット密教とかなりの部分が重複している。最も基本的な要素は「中陰」(バルド)の思想だろう。死後、直ちに来世に転生するのではなく、その中間状態がある。日本でも四十九日にその影響が表れている。四十九日と異なるのは、死者の魂をバルドの状態からいかに上手く抜けさせるかが重要になる。より良い来世、つまり次の転生先に到達させるためには、遺族や僧侶が祈りや「死者の書」を読経するなどの方法を用いる。ボン教と仏教の大きな違いは、仏教がこの世を実体ではなく幻であるとすることだ。霊的な存在も認めておらず、この世に執着する限り輪廻転生を延々繰り返さなければならない。それ故に、この世は幻であり、幻に執着することの愚かさを悟ることで輪廻から抜け出す解脱が最終的な目標となる。だが実際に解脱は困難なので、せめてより良い来世へ導くことになる。
対してボン教では、仏教の影響による解脱の思想も組み込まれてはいるが、死後の世界と霊的存在を積極的に認めている。解脱より来世志向であることが、見分けがつかないほど仏教の中に溶け込んでいるボン教が保っている独自性といえる。古代のボン教では、死者と生者との間の仲介者としての役割が重要だった。葬送儀礼を通じて死者を無事に死後の世界へ送り届ける役目を担っていた。その執行者がボンポ(シェン)である。チベットに限らないが、実際の葬儀で解脱のような難しい思想を説くことはない。やはりほとんどの人達にとって葬儀とは、死者にあの世、死者の国へ旅立ち、安らかに休んでほしいという祈りの場といえるだろう。
神秘的な信仰の力 今なおボン教が息づく理由
ボン教はチベット土着の祖霊信仰に基づく葬送儀礼などを保ったまま、仏教と影響を与え合い、現代にまで受け継がれている。ボン教が日本の神道と同じく仏教に滅ぼされず共存が可能だったのは、人々の心から祖霊や神仏などの超越的な存在への信仰心が消えなかったからではないだろうか。そもそも仏教自体が既に密教化していた。理知的な哲学ではやはり救われないのである。チベット仏教の中にあって、ボン教は今なお独自の世界を残している。
参考資料
■石川巌「古代チベットにおける霊神祭儀の物語」『アジア史研究』24号 中央大学(2000)
■高松宏寶「チベットの葬儀とその伝統文化について」『現代密教』 第29号 智山伝法院(2019)
■箱寺孝彦「はじめてのボン教入門:ゾクチェン瞑想と古代チベット医学」Kindle版(Kindle Direct Publishing、2023)
■御牧克己「ボン教研究の新段階」『講書始の儀におけるご進講』宮内庁ホームページ