神様というと人間の願いを叶えたり守ってくれる存在なのだという意識がある。だから震災に見舞われたり、病気に苦しんだりする時に神様に文句を言いたくなるし、神なんてものはいないのだと叫びたくもなる。しかし「カミ」とは元々人間に都合がいい存在ではなかった。

元旦の災いと「カミ」の怒り
2024年元旦、能登半島で震度7の地震が発生した。死者数は202人、行方不明者は少なくとも565人にのぼっており、今後さらに増える可能性は大いにある(註 1月9日 午後2時現在)。初日の出、初詣などで今年の無病息災を祈ったであろうその日に災いは降りかかった。もちろん元旦と天災の間に関係などないが、私たちはよりによってとあまりの理不尽に憤ってしまうものだ。ネットでは神も仏もあるものかと嘆く声が多く挙がった。神様なんていない。そう思うのも無理はない。だがそれは本来逆で私たちはまさに「カミ」の怒りを見たのだ。怒りといっても人間が何か悪いことをしたわけではない。「カミ」は勝手に怒れるのだ。
私たちの日常に突如降りかかる災害。濁流に流される家や車に呆然と立ち尽くすだけの私たちはただ手を合わせることしかできない。言い古された言い回しだが自然の猛威を前に人間はあまりに無力である。その一方で自然が与えてくれる恵みに生かされてもいる。科学技術がいかに進歩しようと未だに雨が降らないことで水不足に悩まされ、米や野菜の不出来に天を仰ぐ。思い通りになるはずのない自然の力に先人は人知を超えた「カミ」を見たのである。
キリスト教、イスラム教などの一神教でも事情は変わらない。自然現象が擬人化された日本の神に対して、一神教は明確な意思と言葉を発する人格神である。それなら話せばわかるかといえばそうではない。聖書には人間の常識からすると理不尽な怒りに思える事象が多い。「ノアの方舟」の話では神は地上を一度リセットするために、ノア一家以外の人間を、何の罪も無いはずの子供や赤子もろとも水底に叩き込んだ。「ヨブ記」に至っては徳のある人間が神と悪魔の賭けの対象にされている。やはり「カミ」は恐ろしい存在なのだ。
2つの俳句
「五月雨をあつめて早し最上川」松尾芭蕉
五月雨が最上川へと流れ込んで水かさが増している。危険なほどに流れが早くなっている様が目に浮かぶ。川の流れの凄まじさがこの句から伝わってくるだろう。これに対して与謝蕪村のこの句はどうか。
「五月雨や大河を前に家二軒」与謝蕪村
五月雨が降り続き、勢いを増した大きな川が激しく流れている。その川のほとりに家が二軒、寄り添ってぽつりと建っている。轟々と勢いよく流れる大河と心細そうに寄り添っているちっぽけな家の情景である。
正岡子規がこの二句を比較して蕪村に軍配を上げたという。芭蕉の句は技巧的過ぎるというのがその理由。芭蕉の句、五月雨の雨粒が一つ一つが集まり、やがて水かさが増し大きな流れとなる。確かに洒落た言い回しである。対して蕪村の句は写実的で風景がダイレクトにぶつけられるようだ。大河のうねりの衝撃に家が軋んでいるような情景すら浮かんでくるのは筆者だけだろうか。この大雨はいつ止むのか。このまま飲み込まれてしまうのではないか。どうすることもできず、寄り添うようにただ佇んでいるだけの二軒の家は、まさしく大自然の脅威を前に立ち尽くすだけの私たちの姿そのものである。
「祈り」から「願い」へ
文明が進むにつれてこれほど恐ろしい「カミ」を「神様」として、家内安全や合格祈願など個人的な願望を叶えてもらおうとするようになった。合格祈願などはつまりは他人の不合格を願う事であり呪詛に近い。神の凄まじい力を上手く利用しようということだ。これは神への畏敬の念を表す「祈り」から現世利益を求める「願い」への変換である。地鎮祭という神事があるがその意味は、土地の神に家を立てる非礼をお詫びし災いをもたらさないようにとの「祈り」と、その神の力によって家を災いから守って頂きたいとの「願い」が込められている。神の前で人間は大河の急流の前に佇む「家二軒」同然かもしれない。しかし人間は家ではない。「祈り」から「願い」への変換は、神仏から利益を得ようとする、ただでは転ばない強さ、強かさの証かもしれない。
カミと共にある人間
人間の知恵や良識など小賢しいと言わんばかりに「カミ」は突然怒りの鉄槌を下ろす。アリの群れに突如人間の足が降ってくるようなものである。しかしおそらくアリは人間の存在には気づかない。人間は「カミ」を畏れ、讃えてきた。今回の震災でも私たちは、「カミ」の怒りにお鎮まりくださいと「祈り」を込め、再び実りをお与えくださいと復興への「願い」を捧げる。科学が発達し神仏への思いが衰えても、私たちは「カミ」と共に生き、最期は「カミ」の元に還るのである。
参考資料
■「能登半島地震 石川県の死者202人に 重軽傷者は少なくとも565人」NHK NEWS WEB 2024年1月9日 15時31分 配信