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東京都墨田区にある業平橋の由来となった歌人・在原業平を調べてみた

東京都墨田区に「業平(なりひら)橋」という名の橋があるのをご存じだろうか。浅草通りの、墨田区業平1丁目と吾妻橋3丁目を結ぶものだ。「業平」とはあの、六歌仙および三十六歌仙のひとりで、歌物語『伊勢物語』(9~10世紀頃成立)で知られる、在原業平(825~880)のことを指す。何故「そこ」に「在原業平」の名前が冠された橋があるのだろう。橋そのものは、寛文2(1662)年に大横川(おおよこがわ)に初めて架けられた橋で、橋から見て西側に所在した、「業平天神社」にちなんだものだと言われている。

東京都墨田区にある業平橋の由来となった歌人・在原業平を調べてみた

御伽草子(おとぎぞうし)に登場する在原業平

古典文学でおなじみの業平には、多くの物語や伝説がある。

例えば『御伽草子(おとぎぞうし)』(14〜16世紀に成立)に収められた「小町(こまち)草子」に、業平が登場する。美貌を誇り、多くの高貴な男性たちと情を交わし合っていた著名な歌人だったものの、年老いて、人からは忘れられ、すっかり落ちぶれてしまっていた小野小町(生没年不詳)は都を離れ、東国から奥州へと、あてもなく彷徨っていた。流れ流れて陸奥の玉造(たまつくり、現・宮城県大崎市)の小野まで辿り着き、そこで絶命する。そこを偶然、歌枕を探して全国を旅していた業平が訪れるのだが、霊となった小町と歌を交わし合い、小町を成仏させる。そして最後に、この物語における小町が、実は如意輪観音、業平は十一面観音だったと明かされるという、仏教説話の様相を呈しているものだ。

杜若(かきつばた)に登場する在原業平

そして、世阿弥(ぜあみ、1363?〜1443?)作という説もある謡曲の「杜若(かきつばた)」(1464年に観世の演能記録あり)も同様に、仏教説話の様相を呈している。ひとりの旅の僧が三河國八橋(やつはし、現・愛知県知多市)で、美しいかきつばたの群生に見とれていたところ、里の女が現れる。その女は、今日ではInstagramなどの「匂わせ」投稿でよく用いられる、文の縦読みではないが、この地で在原業平が見事なかきつばたに感動し、頭に「か・き・つ・ば・た」の五文字を入れて詠んだとして、『伊勢物語』の第9段「東下り」に登場する以下の歌を教えて、自分の庵に僧を招き入れる。

「唐衣(からころも)/きつつなれにし/つまあれば/はるばるきぬる/旅をしぞおもふ」
(何度も着て体になじんだ唐衣のような、長年連れ添った妻を都に残して、はるばるここまで旅をしてきたのだなあと、しみじみさせられる)

そこで女は先ほどとは打って変わった見事な衣装と冠をまとい、僧侶の前に現れる。驚いた僧に女は、この唐衣はかつて業平と情を交わした藤原高子(こうし、842〜910)のもので、そして冠は業平のものであると言う。更に自分はかきつばたの精で、

「植ゑおきし昔の宿の杜若 色ばかりこそ昔なりけれ」
(昔の家に植えておいたかきつばたの花の色ばかりが、昔を物語るものになってしまった)

という歌は、実は自分がかきつばたの精となったいわれを語るものだ。そして業平は極楽の歌舞の菩薩の化身であるため、彼が詠んだ和歌の言葉は全て、仏の説法でもある。だからこそ、人間のように情を持たない、自分のような草木に対しても、救いを導く力を持っていると語った。その後女は『伊勢物語』の恋物語の数々を語り、舞う。そして夜が開けると共に、姿を消した。女は成仏したという…。

平安時代に編纂された公的な歴史書、『日本三代実録』(901年)の巻37、元慶4(880)年5月28日条に記された業平は、「体貌閑麗 放縦不拘 略無才学 善作倭歌」(容貌は美しく、自由放埒で細かいことにこだわらず、漢学の才はないが、和歌をよく作っていた)と記されている。それは我々がよく知る、『伊勢物語』における「色好みで歌の名手」のイメージとさほど違わないが、「小町草子」や「杜若」で表現された業平は、もはや我々と同じ人間ではない。菩薩という、仏教において仏の次の位に位置する存在にまで高められている。

神道集に登場する在原業平

このエピソードよりは、「人間離れ」していない業平を描いたものもある。例えば、もともとは鎌倉時代(1185〜1333)に遡るものとされるが、南北朝時代の文和(1352〜1356)・延文(1356〜1361)に成立したとされる『神道集(しんとうしゅう)』の「諏訪大明神の五月会(さつきえ)の事」の冒頭部分に登場する業平だ。

光孝天皇(830〜887)の世に、信濃国(現・長野県)に官那羅(かんなら)という名の鬼王がいた。「鬼婆国(きばこく)」の乱婆羅(らんばら)王から数えて52代になるという、「名門」出身の鬼だった。官那羅は京の都に上り、鳥や稚児、美女に変化しては、さまざまな悪さをしていた。そのような官那羅だが、大の笛好きで、「青葉の笛」と呼ばれる不思議な笛を持っていた。その笛は、口を当てて吹きさえすると、師匠について習うなどの経験がなくても、さまざまな曲を自分の思い通りの音色で吹くことができる。更には物事の善悪や吉凶までも、察知することができるのだ。

青葉の笛の不思議を聞き知っていた業平は、何とかしてそれを手に入れ、国の宝にしたいと思っていた。そこで笛を100本ほどこしらえて、それらを腰に差したり、ふところに入れたりして、官那羅に会うべく、高い山や深い谷に出かけていた。そこで業平は夜ごと秘曲(特別に師匠から伝授された曲)を吹いていたため、天人はもちろんのこと、鬼や獣たちまで、その音色に聞き惚れていた。

そんな折、ある夜の宴に官那羅が現れ、楽しんでいた。そこへ業平が官那羅の笛・雲化(うんか)を手に取って、「あなた様がどんな天人でいらっしゃるのかを、私は存じませんが…」と言って、吹き始めた。官那羅は口を開けたまま、その音色を聞いていた。業平は笛に任せて吹き続ける。それは、観音・勢至(せいし)・薬王・薬上(やくじょう)…など、極楽往生を願う者を守る二十五の菩薩がまさに来迎されるときに奏でられるありがたい音楽だった。官那羅は、今まで聞いたことがなかったが、こんなすばらしい音楽があるのだなあと、不思議な思いを抱きながら聞いていた。そうした中、夜はだんだんと明け始めた。官那羅は、「もう間もなく鶏が鳴きますので、笛をいただいて帰ります。明日の夜はどこで遊ばれますか?」と業平に訪ねた。業平が、「それでは木幡山(こわたやま、現・京都市伏見区)のあたりはいかがですか?」と答えた。官那羅は、「どこでも構いません。私は出向いて参ります。ですが、その笛だけは、お返しください」と言った。業平は先ほどの笛・雲化を隠し、自分が持っていた別のものを官那羅に渡した。官那羅はそれが自分の笛ではないとわかり、「違う!」と言った。すると業平は、また別のものを渡す。「これも、違う!」。業平はまた、別の笛を渡す。「違う!」。官那羅は業平がふざけて、自分の心を焦らそうとしていると思い、何度も笛を返してもらおうと試みた。そうこうしているうちに、鶏が鳴いた。魔王の世界では、夜明けを告げる鶏の鳴き声をひと声でも聞いてしまうと、魔力を失ってしまうとされていることから、官那羅は笛のことなどすっかり忘れ、一目散に逃げ出してしまった。

業平はまだ夜も完全に明け切らないうちに、官那羅の笛を帝に献上した。その笛を受け取った帝は、「世界一の賢王でも、これほどすばらしい笛を手に入れることはできないだろう」と喜ばれた。そして、機転を利かせて笛を手に入れた業平の名声も、日増しに盛大になっていった…。

東京の業平伝説

話を東京の業平伝説に話を戻そう。それは、先に挙げたものよりははるかに、『伊勢物語』に描かれ、我々がよく知る業平のイメージに近いものだ。

現在は葛飾区東水元(ひがしみずもと)に所在し、「しばられ地蔵」で有名な、天台宗の業平山南蔵院(なりひらさんなんぞういん)はもともと、貞和4(1348)年に本所中之郷(現・墨田区本所・東駒形・吾妻橋・向島近辺)に創建されていた寺のことだが、実はその創建に業平が関わっているという。

元慶年間(877〜884)に東国に下っていた業平があるとき、隅田川で舟遊びをしていた。しかし舟が転覆し、乗っていた人々は皆、亡くなってしまった。業平は亡くなった人々の葬儀を執り行って塚を立て、自らの手による経文も併せて納めた。また、自身の像も刻み、村人に与えた。村人は「業平塚」と呼ばれた塚の傍らにお社(やしろ)を建て、「業平天神社」として、業平像を安置した。

時を経て、南北朝時代の林能(りんのう、?〜1348)法師が、天神社のそばに小庵を創建し、「東泉寺」と称したものが、先に紹介した葛飾区の南蔵院の始まりだとされる。

業平天神社創建のきっかけとなった「業平塚」に関しては、異説がある。「杜若」にも登場した『伊勢物語』第9段の、

名にしおはば いざこと問わむ都鳥 
わが思ふ人はありやなしやと
(「都」という名を持っているのだから、さあ尋ねてみようか、都鳥(ゆりかもめ)よ。私が想う人は無事でいるかどうかと)

と隅田川での舟遊び、または京に上ろうとしていた折に業平が歌を詠む中、舷(げん、船・舟の側面)から上半身を乗り出してしまった。すると舟が傾いてしまい、或いは、舟そのものが古く、壊れていたためか、舟が転覆してしまった。いずれにせよ、業平には水泳の心得がなかったことから、溺れ死んでしまった。そこで里人たちは業平の死を悼み、船形の塚を立てて葬ったとするものだ。

業平橋が在原業平を祀った塚とは考えづらい

業平がその言い伝え通り、今日の隅田川、またはその支流の大横川または北十間川(きたじゅっけんがわ)で亡くなったか否かは不明だが、業平は大和国石上(いそのかみ、現・奈良県天理市)に所在した在原寺(ありわらでら)に葬られたという言い伝えがある。そこで歌人で後醍醐天皇(1288〜1329)の妃でもあった二条為子(にじょういし、?〜1311または1312)が、

形ばかりその名残りし在原の昔の跡を見るぞ懐し
(形だけ、その名前だけが残っているが、全く静寂な在原寺を訪れると、業平の人生における、さまざまな栄華の跡を見るようで、心惹かれる思いがする)

と詠んでいるところから、隅田川の「業平塚」が「在原業平」を祀った塚だとは考えにくい。

考えられることとしては、隅田川やその支流の河川は氾濫が多かったことから、川のそばに水塚(みずつか)と呼ばれる、避難用の水防施設がつくられていた。それが死者を祀った「塚」と誤認されたのか。

それとも、今日の墨田区一帯は、江戸期に大規模な開発が行われたことから、古代の遺跡等があまり残っていないため、確定的なことは言えないが、古墳など、古くから存続し続けていた盛り土の名残があり、それが業平自身、または業平の手による水難者を葬った「塚」と結びつけられ、伝説として多くの人に語り継がれていったのではないか。

最後に…

とはいえ、平安貴族はあまたおり、その中には当然、帝とつながる高貴な生まれの者はもちろんのこと、歌の名手も、女性との恋のさや当てが巧みだった、更には都から東国に下ってきた人物も多々いたはずである。そこで何故、「在原業平」なのか。業平単独のことではなく、他の人物の事跡が重ねられ、「在原業平」のことにされてしまっている可能性は大きいが、それにしても、「在原業平」という人物そのものに何らかの魅力や人気がなかったら、決してそうはならないはずである。彼が活躍した雅やかな京の都から、距離も時代も遙かに離れた東京スカイツリーを斜めに見ながら「業平橋」を渡り、『伊勢物語』の業平ばかりでなく、多くの「業平」たちに思いを馳せたいものである。

参考資料

■中野了随『東京名所図絵』1890年 小川尚栄堂
■今泉定介・畠山健(校定)『御伽草子 前』1891年 吉川半七
■経済新聞社(編)『国史大系 第4巻 日本三代実録』1906年 経済新聞社 
■東京市本所區(編)『本所區史』1931年 東京市本所區
■吉井魯齋『大東京猟奇』1935年 亀甲堂
■島田筑波・河越青土『東京都社寺備考 寺院部 第1冊【天台宗之部】』1944年 北光書房
■東京都墨田区役所総務課(編)『史跡あちこち』1965年 東京都墨田区役所総務課
■東京都墨田区広報室(編)『史跡あちこち 第5集 すみだむかしばなし』1972年 東京都墨田区広報室
■山本純美(文)・東京にふる里をつくる会(編)『東京ふる里文庫 7 墨田区の歴史』1978年 名著出版
■墨田区役所(編)『墨田区史 前史』1978年 墨田区役所
■東京都墨田区区長室(編)『墨田の町々』1980年 東京都墨田区
■矢田插雲『江戸から東京へ』第5巻 1981年 中央公論社
■大曾根章介・久保田淳・檜谷昭彦・堀内秀晃・三木紀人・山口明穂(編)『研究資料日本古典文学 第1巻 物語文学』1983年 明治書院
■田中允「杜若」日本古典文学大辞典編集委員会(編)『日本古典文学大辞典』第1巻 1983年(582頁)岩波書店
■有川美亀男「小町草子」日本古典文学大辞典編集委員会(編)『日本古典文学大辞典』第2巻 1984年(665頁)岩波書店
■東京都葛飾区(編)『増補 葛飾区史 下巻』1985年 東京都葛飾区
■渡辺宇邦「東下り」乾克己・小池正胤・志村有弘・高橋貢・鳥越文蔵(編)『日本伝奇伝説大事典』1986年(34頁)角川書店
■長谷川政春「在原業平」乾克己・小池正胤・志村有弘・高橋貢・鳥越文蔵(編)『日本伝奇伝説大事典』1986年(58-59頁)角川書店
■乗岡憲正「貴種流離譚」乾克己・小池正胤・志村有弘・高橋貢・鳥越文蔵(編)『日本伝奇伝説大事典』1986年(292-293頁)角川書店
■小森隆吉「隅田川の渡し」小木新造・陣内秀信・竹内誠・芳賀徹・前田愛・宮田登・吉原健一郎(編)『江戸東京学事典』1987/1988年(102-103頁)三省堂
■小島惟孝「墨田区」小木新造・陣内秀信・竹内誠・芳賀徹・前田愛・宮田登・吉原健一郎(編)『江戸東京学事典』1987/1988年(960-966頁)三省堂
■小島惟孝『東京史跡ガイド 7 墨田区史跡散歩』1992/1993年 学生社
■味方健「杜若」西野春雄・羽田昶(編)『新版 能・狂言事典』1987/1999/2011年(42-43頁)平凡社
■山下哲郎「在原業平」大島建彦・薗田稔・圭室文雄・山本節(編)『日本の神仏の辞典』2001年(63頁)大修館書店
■貴志正造(訳)『ワイド版東洋文庫 94 神道集』2004年 平凡社
■「寺院ルネッサンス 天台宗業平山南蔵院 縄とき供養にあわせて『結びだるま市』開催。伝統文化の発信で地域貢献」『仏事』2008年4月号(86-89頁)鎌倉書房
■「フード・レストラン おでかけナビ:スカイツリーのお膝元、業平橋 おしゃべりも楽し 職人芸」『日経電子版』2012年2月3日
■青木賜鶴子「業平」和歌文学大辞典編集委員会(編)『和歌文学大辞典』2014年(935頁)株式会社古典ライブラリー
■福田晃「諏訪の中世神話 −神道集の時代」福田晃・徳田和夫・二本松康宏(編)『諏訪信仰の中世 神話・伝承・歴史』2015年(3-59頁)三弥井書店
■妹尾恵里「横笛『青葉』伝承の生成と流布」武庫川女子大学大学院文学研究科(編)『日本語日本文学論叢』第13号 2018年(17-35頁)武庫川女子大学大学院文学研究科
■中村雅之『これで眠くならない! 能の名曲60選』2017年 誠文堂新光社
■「演目事典:杜若(かきつばた)」『the 能 .com』
■『しばられ地蔵 業平山 南蔵院』 
■「押上・業平」『おしなり商店街振興組合』

ライター

鳥飼かおる(掲載日:2022/11/10)

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