霊魂の姿を見たり声を聴いたりできる能力を持つと自称する者は多い。また普通の人間でも霊を見た、声を聴いたなどの心霊体験の報告も絶えない。それらは全てその人だけの主観的な体験であり、仮に霊が実在しているとしても存在証明にはならない。しかし、かつて死者の霊との交流を不特定多数の聴衆の前で証明しようという「交霊会」と呼ばれる試みがあった。科学時代に抗うように行われた見果てぬ夢とは。
交霊会とは
交霊会とは霊能者と呼ばれる人物が、聴衆の前で霊魂を呼び出し、呼び出された霊魂は霊能者を介して様々な物理的な心霊現象を行う。ラップ音やエクトプラズムなどが有名である。日本では大正から昭和の前半ほどにかけて盛んに行われた。霊を召喚する技術は太古から存在した。邪馬台国の女王・ヒミコは神がかりとなり託宣による政を行っていたという。このようなシャーマン的存在は、死者の魂を降ろすとされる東北やアイヌのイタコ、沖縄のユタなど、減少しているものの現代においても継承されている。また霊視、霊聴能力を持つと称する霊媒、霊能者と呼ばれる人物は巷に溢れているが、いずれも死者の霊を呼び出し、自らまたは他者を依代として対話をさせる「口寄せ」の形式を取っている。これに対して交霊会は、霊魂が霊媒を通して物理現象を起こすという信じがたいものだった。イタコやユタを精神霊媒とするなら、物理現象を起こす霊能力者は物理霊媒といえる。
ハイズビル事件
物理的心霊現象が現実に起こったとされる発端が「ハイズビル事件」である。1848年、ニューヨーク州・ハイズビルの民家で奇怪な現象が立て続けに発生した。この家の住人フォックス姉妹は現象の原因とみられる霊魂と交信する方法を発見。それは霊に質問をし、イエスなら一回、ノーなら二回、音をラップ音で鳴らすというものだった。この事件をきっかけに心霊研究は始まったとされる。しかし後にフォックス姉妹がラップ音は関節を鳴らして出した音だと告白。一連の現象はトリックであると結論付けられた。だがさらに後年、姉妹はあの告白は強要されたものだと訂正している。
この事件をきっかけにアメリカでは心霊現象を研究しようという動きが高まり、フォックス姉妹の真偽云々からは離れ、交霊会が盛んに行われた。その熱量はヨーロッパにまで波及し英独仏と各国で心霊ブームが沸き起こった。テーブルターニング、ウィジャ盤などの簡易的な交霊道具が流行し、日本ではこっくりさんとして伝わることになる。
日本の物理的心霊ブーム
日本の物理的霊媒の中でも代表的な存在が亀井三郎(1902〜1968)である。亀井は日本の心霊研究の立役者、浅野和三郎(1874〜1937)に認められ、二人は全国各地で交霊会を行った。日本では明治末期から昭和初期にかけて一大心霊ムーブメントといえる潮流が起こった。中でも福来友吉(1869〜1952)らによる念写実験を巡る一連の「千里眼事件」は、映画「リング」の元となる騒動でもあることで知られる。浅野は財団法人日本心霊科学協会の前身である心霊科学研究会の創始者で、福来と並ぶ日本における心霊研究の一方の雄といえた。
交霊会の様子は、暗い部屋で椅子に座った亀井を縄で身動きが取れないように緊縛する。するといわゆるラップ音が鳴り響き、 目覚まし時計や赤ん坊用のガラガラが動き出す。とにかく室内のあらゆる小物が動き音を出す。童話の世界のような光景に、列席した人たちは恐れるどころか拍手喝采だったという。彼らが心霊現象だと信じていたのか、手品か何かのつもりで見ていたのかはわからない。
交霊会のクライマックスはエクトプラズムによる霊魂の出現である。エクトプラズムとは人間の生命エネルギーの物質化とされる白い煙のような物体で、亀井は列席者のエクトプラズムを利用するとした。彼を含んだ数人が輪を作り、亀井曰く、自分に結集されたエクトプラズムが出現。エクトプラズムは4つに分かれ、ガラガラを持ち振り騒いだ。さらに亀井の守護霊が家全体を揺らし列席者を驚嘆させたともいう。
亀井以降もこの時代は、物理霊媒が続々と現れては物理的心霊現象を披露した。物理霊媒・津田江山は、東大、東工大の教授、弁士・作家として著名な徳川夢声(1894〜1971)の立ち会いの下で、テーブルを浮かせ、尺八を鳴らし、人形を踊らせたという。明治末期から昭和初期とは、日本史の教科書には載っていないが物理霊媒の宴のような時代だった。
それは霊の仕業だったのか
彼らは本物の霊能力者だったのだろうか。記録を読むとガラガラだの尺八だのと大道芸のような印象を受ける。そして一世を風靡した物理霊媒たちは、「千里眼事件」に関わった者たちを初め、その多くはインチキ、偽物、山師の烙印を押されて表舞台から退場しているのである。
たとえ彼らの現象がトリックでなかったとしても、正体が未知であるだけの物理現象に過ぎなかった可能性もある。エクトプラズムは唾液に似た成分との見解もあった。近代オカルティズムの大家、マダム・ブラヴァツキー(1831〜1891)は物理的心霊現象について、深遠な霊の世界とは全く関係ない世俗的な見せ物として否定している。超常的な物理現象が事実だったとしても、霊的な世界の証明になるかはまた別の問題だろう。だがそれを検証したくても、現代において交霊会を行えるほどの物理霊媒の存在は寡聞にして聞かない。現代の精緻な検証には耐えられないトリックだったからか。かつての彼らほどの強大な力を持つ霊能者が出てこないからか。物理霊媒の真実はグレーゾーンの彼方である。
見果てぬ夢
死者の霊との交流は見果てぬ夢である。物理的心霊現象は霊魂の存在を科学的に明らかにできる貴重な機会だった。霊の存在が証明できれば私たちは死後も存続できることになり、愛しいあの人も違う世界で存在する。遠い日にまた会えるかもしれない。浅野和三郎が心霊研究に没頭したきっかけは愛息の死だったという。欧米での熱狂も霊の実在が神の実在につながるというのが大きな理由のひとつだった。科学時代に生きながら、科学で全てを割り切れない私たちは、霊の存在への憧憬をなお捨てきれずにいる。
参考資料
■一柳廣孝「<こっくりさん>と<千里眼>・増補版 日本近代と心霊学」青弓社(2021)
■栗田英彦/塚田穂高/吉永進一編「近現代日本の民間精神療法 不可視なエネルギーの諸相」国書刊行会(2019)
■羽仁礼「超常現象大事典:永久保存版」成甲書房(2001)
■不二龍彦「日本神人伝」学研プラス(2001)