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ベトナム国民の1割を占めるキリスト教信者 ベトナムの多様な宗教観

ベトナムは急速に経済発展を遂げている国のひとつである。日本ではベトナム料理が人気を集めており、文化を身近に感じる機会は多いのではないだろうか。また日本からも比較的近い距離に位置するベトナムに実際訪れた方も少なくはないと思う。

ベトナムの主要な都市であるハノイ、ホーチミン、ダナンなどを訪れると町の中心に教会があることが多い。東南アジアとは違った西洋の異国情緒を感じる教会は人気の観光スポットである。なぜ東南アジア諸国にこのような教会が多数存在しているのだろうか。


8割仏教 1割キリスト教

現在のベトナム人の8割が仏教信者である。一方キリスト教信者数は約900万人前後いるといわれ、これは人口の約1割を占めている。数字を見るとあまり多く感じないが、アジア諸国の中ではフィリピン、韓国についで多い。

ベトナムは中国と隣接する国であり、文化も中国の影響を大きく受けている。宗教においても同じで仏教、儒教、そしてアニミズム的な存在を信仰していた。


フランスの影響でキリスト教信者が増えていった

16世紀にフランスからキリスト教の宣教師が布教のためベトナムを訪れた。6000人以上のベトナム人が洗礼を受け、徐々に信者が増えていった。さらに19世紀になるとフランスがカトリック宣教師団の保護を名目にベトナムに侵略。フランスはまたたく間にベトナム全土を占領し、ベトナムだけでなくラオスやカンボジアと共にフランス領インドシナ連邦へと植民地化されてしまう。ベトナムはしばらくの間フランスの支配を受けることになり、キリスト教の信者も植民地時代にさらに増えていった。ベトナム各地に残る教会はフランス統治時代の名残なのである。また食文化においてベトナム人がフランスパンやコーヒーをよく愛好することもフランスの文化に影響されている。


ベトナム国内が南北で分裂

第二次世界大戦が始まるとベトナム北部で社会主義を掲げた独立運動が始まる。社会主義において宗教の存在は否定される。そのため北部にいたキリスト教信者はアメリカ率いる資本主義陣営の南ベトナムへ移り住んだ。南ベトナムでは社会主義に対し、キリスト教を大々的に掲げた。一方、南ベトナムでは仏教徒が弾圧されるなどの国際的な問題も起こった。


内戦の結果、社会主義国家となったベトナム

ベトナム戦争は20年あまり続いた。結果北ベトナムが勝利し、南北に分かれていたベトナムが統一され、ベトナムは社会主義国家となる。社会主義の下、キリスト教信者は敵国のアメリカ・フランスが掲げた宗教であったことなどから厳しい監視下に置かれていた。


その後、ドイモイ政策で急成長し、宗教の在り方も変化したたベトナム

ベトナムは独立を果たしたものの、続く中国との戦争や資本主義陣営の経済制裁を受けなかなか国の復興が進まずにいた。そして社会主義国のシステムが軌道に乗らず、財政的に苦難を強いられていた。ベトナム政府は1986年にドイモイ政策を導入する。ドイモイ政策とは自由市場の規制を緩和、農家の個人経営を容認、外国企業を受け入れるなど市場経済を促す経済政策である。これによりベトナムは急速に経済成長を見せていく。

またドイモイ政策により宗教のあり方にも変化が起こる。現在も宗教は公式には否定されているが自由化されつつある。キリスト教もベトナム共産党がカトリックの総本山バチカンと和解をするなど少しずつ関係を回復させている。


多種多様なベトナム

苦難の歴史を歩んできたベトナムであるが、現在は古今東西の文化を受け入れて共存している。宗教に対しても寛容であり、ベトナムの多様性が伺えるのではないだろうか。日本との関わりが増えているベトナム。だからこそ改めて理解を深めたいと思う。


ライター 白木

記事掲載日:2020/11/26

グッドモーニング、ベトナム

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