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殉教は命を捨てる行為なのか。あるいは命以上に大切なものが見つかったと考えるか。

人が死の恐怖を克服できる場面があるとすれば、そのひとつは自分の命以上に大切なものを見出した時だろう。例えば「殉教」はその究極の形である。「殉ずる」ことと命を粗末にすることは何が違うのか。


中世から近世にかけての日本におけるキリシタン

中世〜近世日本のキリスト教徒「キリシタン」といえば、迫害や殉教など悲劇のイメージを持つ人が多いと思われる。しかし、徳川家康(1543〜1616)が開いた江戸幕府は当初キリスト教を問題視していなかった。時は近世である。社会も安定し倫理も確立しつつあり人の命は決して軽くはなかった。

幕府はキリシタン禁止令を発布したが、事実上は黙認されていた。彼らは表向き、信仰を棄てるふりをするだけでもよかった。社会の安定のために公言せずこっそりやっている分には大目に見るつもりだったのである。


殉教を選んだキリシタン

しかし彼らは自ら殉教の道を選んだ。後年のキリシタン殉教のイメージは元々は彼ら自身が招いた結果だったのである。イエス・キリストの使徒は、磔刑に処されたイエスの後を追うようにヨハネ以外全員が殉教している。正しい教えを説くものは迫害されるという教えは、仏典の王と言われる「法華経」にも説かれている。キリシタンにとって殉教することは神の教えを正しく歩いている何よりの証明であり、それ故に最高の喜びであった。


殉教との結びつきが強いキリシタン

キリシタンの殉教への思いは強く、宣教師である司祭ですら信仰の表立った表明をやめるよう説得したほどである。無闇に弾圧を招いて布教の道を絶たれることを恐れたからだ。それでも彼らは探索されてもいないのに、自らキリシタンであることを名乗り、神に感謝しながら拷問に耐え、殉教の愉悦の中で刑場の露に消えた。それほど彼らにとって殉教は魅力的だった。

本場ヨーロッパの宣教師もこれに負けていない。二代将軍秀忠(1579〜1632)の時代になると日本国内のキリシタン弾圧はより苛烈になっていく。1662年の「元和の大殉教」では55人の信者が処刑された。我々が抱く殉教のイメージはこの辺りの時代のものである。それでもヨーロッパから日本を目指す宣教師は絶えることはなかった。司祭たちは苛烈な拷問・処刑が待っている日本への渡航を我先へと名乗りを上げたという。彼らは「死ぬ」気など毛頭もない。福音を説きイエスのために殉教することは「死」ではなかった。彼らには神の国が待っているのである。


「命より大切なものはない」に対する反論の余地

殉教は現代に生きる我々から見れば狂気に近いかもしれない。同時に考えさせられることもある。自分にとって自分の命より大切なものはないと本当に言いきれるのか。

1977年世界を舞台にテロの嵐を巻き起こしていた日本赤軍が航空機をハイジャック、人質の身代金と勾留中のメンバーの釈放を要求した(ダッカ航空機事件)。福田赳夫総理(当時)は日本赤軍の要求を受けいれ20億円の身代金を支払い、収容していたメンバーを釈放した(超法規的措置)。この対応は海外からは「テロリストの輸出」などの批判を浴びた。この時の福田総理の言葉が「一人の命は地球より重い」である。この後の日本赤軍の活動を見れば海外の批判は正しかった。福田総理は「自国民の命は他国民より重い」と言うべきだった。これはトランプ大統領のアメリカファーストに近いものがあるが、批判するのは難しい。目に見えない人たちより、目に入る親しい人の命が重いのは当然である。儒教では平等愛は現実的ではなく家族が一番大事だとしているがリアルな心情だろう。つまり一言で「命」と言っても単純なものではない。


自分命と自分の子供の命なら

殉教者のように自分より大切なもののために自分の命を散らすことは狂気にも見えるが、実はそこまで希少なことでもない。例えば自分と自分の子の命の2択を迫られた場合どちらを選ぶだろうか。虐待をするような親でなければ、ほとんどの親は子供を取るのではないか。自分の命と引き換えに子の命を救えるなら多くの親は迷わないはずだ。むしろ子が救えるなら大きな喜びと言えるだろう。それは自分の命を粗末に扱うことにはならない。自分の命より大切なものがあるというだけである。殉教者もまた自分の命より大切なものに自分を捧げた。そこにも確かに喜びはあったのだ。

こうした考えは死の美化を内包し、カルト宗教の洗脳の原因にもなるといった危険性もある。しかし人間は弱いものである。自分自身だけのために何かを行うには限界がある。自分より大切なもののためにこそ限界を突破することができるのではないか。


死を超えるもの

心理学者・精神科医ヴィクトール・フランクル(1905〜1997)はナチス・ドイツのアウシュビッツ強制収容所に収監された体験を綴った著書「夜と霧」の中で、自分を待っている仕事や、大切な誰かに対する責任を意識していた人は、最悪の状況下でも生きる意志を持っていたと書いている。アウシュビッツは死を待つだけの極限状況であり、自分はその中にどっぷりと浸かっている。しかし自分よりも大切なものがあるとすれば、それは自分を超えるものである。つまり死を超えるものである。殉教者もまさに死を超えていた。個人主義の時代に生きて、いつか死ぬ我々が彼らの生き方に学ぶことは多い。


参考資料

■山本博文「殉教 日本人は何を信仰したか」光文社(2009)
■ヴィクトール・E・フランクル著・池田香代子「夜と霧」みすず書房(2002)


ライター 渡邉 昇
命音頭

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