大阪府藤井寺市や東京都国分寺市など、日本には仏教に由来する地名が数多くある。観音平、阿弥陀岳、称名滝など一目見ただけで仏教由来とわかる地名がある一方で、クイズのように複雑な謎解きが必要なものもある。世界的な観光地である「日光」もそのひとつだ。
観音菩薩がいる山 「補陀落」
日光といえば、「日光の社寺」がユネスコ世界文化遺産に登録されていることからもわかるように、もともと宗教の色が強い地域だ。実際の地名も「中禅寺湖」「華厳の滝」など仏教に由来するものが数多くある。しかし日光という地名そのものも仏教用語に由来するといわれている。
「補陀落(ふだらく)」という仏教用語がある。観音菩薩の降り立つ伝説上の山のことで、南インドの海岸にあるとされていた。補陀落は山であるから、日本の寺院の中にはこれを山号として用いているところも多い。具体的には京都市の六波羅蜜寺、京都府木津川市の海住山寺、大阪府茨木市の総持寺、香川県さぬき市の志度寺や長尾寺などが補陀落山を山号としている。西国三十三カ所や四国八十八カ所の札所となっているなど名刹が多い。そして山号ではなく、ずばり「補陀落寺」(やそれに類する名前)の寺院も国内に数カ所ある。
複雑な過程を経て「日光」に
そして、本来は仏教用語のはずの「補陀落」が→「ふたら」→「二荒」と変化し、神社の名前にも用いられることになる。日光や同じ栃木県の宇都宮市にある二荒山神社がそれだ。もっとも二荒の語源には、「2体の山の神(日光の場合は、男体山・女体山)」など諸説ある。
ここまでくればもう一息。「ふたら」に漢字をあて「二荒」としたが、今度はそれを「にこう」と音読みし、そこに「日光」と漢字をあてて「補陀落=日光」という方程式の完成である。ちなみに二荒を「にこう」と読んだのは弘法大師(空海)とされているが、彼がこの地を訪れたという確かな証拠はない。また「日光」の表記は鎌倉時代初期にすでに用いられていたことが遺跡の出土品から明らかになっている。
ラサのポタラ宮殿も同義
さて、観音菩薩がいる山を補陀落と紹介したが、そもそもこれ自体がサンスクリット語に漢字を当てて表記したもの。もともとの発音は「ポータラカ」である。これがチベットでは「ポタラ」となる。中国はチベット自治区のラサにある「ポタラ宮殿」の「ポタラ」だ。徳川家康とダライ・ラマが「補陀落」という一つの言葉でつながっているところに、仏教世界の地理的・時間的広がりを実感することができる。