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福岡県直方市にひっそり佇む石柱梵字曼荼羅碑という石碑を調べてみた

かつて飯塚・田川と共に、「筑豊三都」と呼ばれ、福岡県北部の石炭産業の中心地でもあった直方(のおがた)市植木(うえき)には、福岡県の指定文化財である、「石柱梵字曼荼羅碑」と呼ばれる石碑が、小さな「観音堂」の中に祀られている。普段は布に包まれた格好で、お堂の奥に安置されているので、その様子を窺い知ることはできないが、材質は玄武岩で、高さ85センチ、幅25センチの六角柱だ。それは単なる「石の塊」ではなく、全体的にかなり磨耗しているとはいえ、平安末期の仏教文化、祈りのありようを濃厚に物語るものである。

福岡県直方市にひっそり佇む石柱梵字曼荼羅碑という石碑を調べてみた

石柱梵字曼荼羅碑の外観

石碑正面には、シンプルに阿弥陀三尊を示す種子字(シュウウジジ)のみ、そして裏面の上部には、胎蔵界中台八葉院、下部には金剛界五智如来を表す両界種子曼荼羅がある。更にその下の右側には「無病息災を願う」という意味の真言が梵字で、左側に「延久二年(1070年)二月十七日」と建立年月日が彫られている。

これは、鎌倉時代において、関東では秩父青石と呼ばれる、現在の埼玉県秩父市で採れる緑泥片岩(りょくでいへんがん)が用いられ、死者の菩提を弔うため、または建てた人自身が生前に死後の法事を営む、逆修(ぎゃくしゅ)のために、主に有力豪族や僧侶たちによって盛んに造立されていた板碑(いたび)に先駆けるものなのかもしれない。

石柱梵字曼荼羅碑は誰が何の目的でたてたのかわかっていない

石柱梵字曼荼羅碑は誰が何の目的でたてたのかわかっていない

直方市のこの石碑は、誰が、何の目的で立てたものなのかはわかっていない。江戸末期の国学者・地誌学者・歌人・神官であった伊藤常足(つねたり。1774〜1858)によると、伊藤が鷺(さぎ)見物のために植木の地を訪れた天保6(1835)年当時より50〜60年以上前に、伊藤の門人であった松尾昌勝(生没年不明)の祖父が、その石碑を掘り出した。そして、その場所に、石碑を祀る堂宇を建てたという。その堂宇とは、今日に残る「観音堂」のことなのか。

建てられた目的が謎ではあるが、今なお祀られているという事実は見逃せない

詳細は謎のままではあるとはいえ、直方という「場所」は、明治期以降は石炭で興隆を極めたものの、1960年代初頭の、石炭から石油へのエネルギー革命による炭鉱閉山。その後の「場所」全体を覆った「暗い雰囲気」をも乗り越え、950年前につくられたこの石碑は、江戸〜明治〜大正〜昭和〜平成、そして令和の今も、ひっそりと、目立つことなく地域の人々に忘れ去られることなく、ある意味奇跡的な状況で、祀られ続けている。

いつの時代も不安や孤独は存在していたし、その先の未来も不透明であった

普遍化して言うことはできないが、「失われた10年」と呼ばれる1990年代以降の日本社会は、主に20〜30代の若者世代を中心に、人々の所得は減少する一方だった。労働運動や市民運動も低調で、自分たちの生活や社会そのものを変えることができないという諦念、更にそれらに追い討ちをかけるような、少子高齢化問題、今の若者世代が年老いたときには、現在のような年金制度が維持され、それを受け取ることができるかどうかすらわからない。

更には世界中で問題視されている大規模な環境破壊によって、日本を超えて、地球そのものすら現在と同じような形で存続しているかどうかも危ぶまれることから、自分よりも「恵まれた/恵まれているように見える人」を叩く、ジェラシーに満ちた風潮が、今なお、ずっと続いているとされている。いつの時代であっても、明るい、心温まるニュースよりも、人々の不安を煽ったり、沈鬱な気持ちにさせられたりするものが、どうしても目立ってしまうのは仕方のないことだ。

石柱梵字曼荼羅碑が現在も祀られていることをどう捉えるか

そうした「暗い」現代において、「直方」でなくとも、「東京」でもどこでもいい。もしも朽ち果て、謎めいた石碑が地中の奥深くから出土したとする。それを、丁寧に洗い清め、お堂を立ててお祀りする心の余裕がある人が、今の「暗い空気」に満ちた日本において、果たしてどれだけいるのだろうか。仏法そのものを表す神聖な文字である梵字とはわからず、パッと見には「呪いの文字」「祟り」などと誤解され、怖がられて、一切の検証もなされることなく、その場で即座に壊されてしまう可能性もある。

いつもどこかに心の余裕を…

新しい時代、令和においては、どんなに毎日辛く苦しく、やり切れない…とにかく仕事や人間関係に翻弄され続け、それどころではないとしても、フッと立ち止まって深呼吸し、植木の石碑を掘り出して、それを大切に祀った、松尾昌勝の祖父、そしてそれを継承し続けている地域の人々のように、過去の目立たぬ遺物であっても、大切に取り扱うことができる、気持ちのゆとり。そしてそうしたものを950年前につくった人へのリスペクトの念を、「令」「和」の漢字が表す意味通り、心の中に保持していたいものである。

参考資料

■伊藤常足(編)『太宰管内志』1841/1908年 日本地理歴史学会
■直方商工会議所(編)『直方文化商工史』1958年 直方商工会議所(刊)
■直方市史編さん委員会(編)『直方市史 下巻』1978年 直方市(刊)
■井上忠「伊藤常足」『福岡県百科辞典 上』1982年(129頁)西日本新聞社福岡県百科事典刊行本部(編)西日本新聞社
■波多野弘宣「伊藤常足遺品」『福岡県百科辞典 上』1982年(129頁)西日本新聞社福岡県百科事典刊行本部(編)西日本新聞社
■播磨定男『中世の板碑文化』1989年 東京美術
■川勝政太郎「板碑」今泉淑夫(編)『日本仏教史辞典』1999/2002年(28頁)吉川弘文館
■小谷徹『ジェラシーが支配する国 日本型バッシングの研究』2013年 株式会社高文研
■増井ミチ子『直方の歴史探訪 −地域めぐり−』2014年 増井ミチ子(刊)

ライター

鳥飼かおる

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