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老人によるトラブルが起こる度にため息が漏れるようになってしまったが…

2017年3月20日〜4月7日にかけて行われた、20代、30代、40代、50代、60代、70代以上の男女に対する、日経BPコンサルティングによるインターネット調査(有効回答数961人)によると、年金や医療、介護保険制度について、「高齢者を優遇しすぎか」という問いに対して、最も不満を持つ割合が高かったのが30代で、82.5%が「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と回答した。20代も約8割が不満を抱いていた。


一方、老人のアンケート結果は

一方の70歳以上は、49.6%が「そう思わない」「どちらかといえばそう思わない」と答えている。その理由として、「日本の発展を築いたのは今の高齢者だから」(57.3%)、「若者もいずれ現行の社会保障制度の恩恵を受けるから」(29.7%)が多かった。

そして全体では、「高齢者の年金などを賄うための借金のツケを若い世代が負っている」(70.3%)が最も多く、「高齢者がもらえる年金額が今の若い世代が受給年齢に達した時より多い」(58%)という結果だった。


老人によるトラブルが起こる度にため息が漏れる

若者から見たら、「わからず屋」「古臭い!」であり、老人から見れば、「こんなことも知らないなんて…」「礼儀を知らない!」といった、互いの至らなさに対する「呆れ」「反発」「反目」、そしてそれが嵩じた「断絶」は今に始まったことではない。しかし、高齢者の運転による、悲惨な交通事故の頻発、駅や図書館などの公共の場や、病院内などの地域社会において「キレる」老人による様々なトラブルなど、「多額の年金をもらって恵まれている」老人たちに対して、「老害」という言葉が、主に若者世代の間でいつの間にか「定着」し、何か事が起こるたびに、「やっぱり」「またかよ…」と嘆息される状況となって久しい昨今である。


人生を山登りに例えた作家・五木寛之

『嫌老社会を超えて』(2015年)を著した、「老人世代」代表の作家・五木寛之(1932年〜)は、人生を「山登り」に喩えつつ、古代インドのヒンドゥー教に見る、人生を4つの「時期」に分ける考え方を紹介している。それは、「学生(がくしょう)期」、「家住(かじゅう)期」、「林住(りんじゅう)期」、「遊行(ゆぎょう)期」だ。「学生期」は、青少年の時代。「家住期」は社会に出て働き、家庭を持って子供を育てる。ここまでが「山登り」で言う、山を登っている間。日本人の平均寿命に当てはめると、大体50歳前後になる。そして「林住期」は、世俗の迷いや苦しみから脱する「解脱(げだつ)」に向かう段階で、実社会からリタイアし、家も家族も捨てて、独り、林に住む。そして最後が「遊行期」。林からも離れ、定住地を持たずに無一文になって放浪する。生と死に煩わされることなく、天命に委ねて生きる。この2つの時期が、人生の「下山」時期に当たるというのだ。


登山よりも下山の方が事故率は高い

しかも、現実の「山登り」においても、頂上を目指して山に登る時よりも、下山においては、「頂上に立つ」目標をクリアした後であるだけに、「急いで降りなければ」などとおざなりになっている。しかしそこでは、ひたすら前の道、先を行く人の背中、そして空ばかりを見上げていた上りの道では見ることができなかった美しい眺望を眺めたり、気づかなかった植物などを見つけたりする喜びがある。しかも、下山は山に登る時よりも、事故率の高さを考えると、高度な技術を要する、重要な道程でもある。いかに無事に、自宅までたどり着けるか。上りの道で体力を消耗してしまったこともあるし、ゴールに立てた達成感ゆえの慢心から、つい油断してしまい、急な天候の変化などに対処できないことが往々にしてあるからだ。


こと人生においては下山のタイミングを誤ってしまいがち

これは「人生」でも同じである。上りの時期は「目標」を定め、一心不乱にそれに向かって行く。達成後は次の「目標」を定める。これらの時期は人生の黄金期、ロマン、醍醐味などと見なされがちだ。だが一方の、衰えや老いに差しかかった人生の折り返し時期の「下山」の時期から、多くの人々はあえて目をそらし、「自分はまだまだ大丈夫」と強がってしまう傾向が強い。しかし、「山登り」における「下山」同様、人生の「下山」期だからこそ、見えてくる景色がある。ゴールを目指すばかりであった「学生期」や「家住期」にはできなかったことを行う余裕が生まれてくるはずだ。しかもそこでは、若い頃同様の目標達成のために、「アンチエイジング」や「いつまでも生きていたい」ではなく、「いかに逝く」かという死生観の確立が大事である。


人生における下山とは?

そうした心がけに裏打ちされた有意義な「下山」を行うためには、経済的基盤や健康な心身に加えて、精神の自立が必要である。しかもそれは、必ずしも特定の宗教グループに属することではない、「宗教的な生き方」を基盤としたものであるのが望ましい。その「宗教的な生き方」とは、例えば、かつて日常的に仏壇に手を合わせ、「自分も、いつかご先祖様と同い世界に旅立つのだ」と念じた一昔前の老人たちのような姿勢で、五木は、そういう老人たちの日々の暮らしは、高度な医療技術や栄養事情のよさゆえに、「死」から遠ざかってしまっている現代の老人たちと比べると、「死への恐怖」からずっと自由だったはずだと言うのだ。「宗教的な生き方」に五木が力点を置いているのは、『戒厳令の夜』(1976年)や『青春の門』(1970〜2016年)などで知られる売れっ子作家であった彼自身が、49歳の時に一旦筆を置き、龍谷大学で仏教を学んだ後、『蓮如物語』(1995年)や随筆の『生きるヒント』(1993〜1997年)など、それまでの「男らしさ」や「冒険ロマン」で知られる作風とは異なる新境地を開いたことからくるものだろう。


下山期の具体例

「宗教的な生き方」で筆者が連想させられるのは、五木が指摘する人生の「下山期」に、地域の人々のために役立つものを作った人々の例である。

例えば、東京都港区広尾5丁目、地下鉄日比谷線広尾駅を出て、おしゃれな外苑西通りから商店街方向に曲がり、少し入ったところにある小さな神社、「広尾辨天閣(べんてんかく)」だ。明治時代後期に弁天様をお祀りしたのは、広尾に住んでいた宮大工で、町会長や民生委員など、地域のために尽力した石塚佐治太郎さんだ。かつては、お社が立っているところには池があった。そこで石塚さんは白蛇を見つけた。白蛇は水の神、弁財天のお遣いだということで、石塚さんは鎌倉の江ノ島神社に詣で、地域の幸せのために、神社を建てたという。

そして千葉県柏市北部にある、こんぶくろ池自然博物公園内の「弁天池」の弁天様。ここには平成27(2015)年9月に、NPO法人こんぶくろ池自然の森に属し、趣味・特技の木彫りを生かして、自然を守る活動をしている菊地衍(みつる)さんによる、ヒノキでできた、高さ127mmの「立膝の弁天様」がお祀りされている。

広尾の石塚さんの神社や、柏の菊地さんによる木彫りの仏様も偶然、「弁天様」だが、弁天とはもともと、インド古代神話に登場する、サラスバティという大河の神だった。そのため日本に伝わってからは、日本に古くからあった「水神」と同一視され、池・湖・海などの水辺に祀られることが多い神様だ。そのような弁天様は、知恵・財福・名声・解脱を求める者に功徳があるとされている。


下山期の良い行いは埋もれがちで評価もされづらい

「人生の下山期」に、地域のために、このようなささやかなことを行なっているお年寄りは、石塚さんや菊地さんに限らず、日本全国津々浦々、たくさんおられるはずである。しかし、そうした行いが、あまりにもささやかで素朴なものであるがゆえに、どうしても埋もれ、目立たず、若者世代の目に留まらない場合が少なくない。

逆に、「元スポーツ選手」「芸能人」などの「特別な人」ではなく、ごく普通の人で、例えば80歳以上の元気な老人が、ブータンやボリビアなどの秘境に、意気揚々と出かけて行く。90歳過ぎの老人が、高級外車のポルシェを乗りこなしていたりする。こうした老人たちが「元気なご老人」のキャッチフレーズとともに、マスコミで取り上げられたりしている方が「目立つ」。


昔ながらの良いお年寄りとは

そうなると、「昔」の老人に「昔」の若者たちが抱いていた「静かに暮らす、愛嬌のあるおばあちゃん」「額に時代の年輪を刻んだおじいちゃん」への好印象どころか、時として「疎ましさ」さえ感じてしまうと、五木は危惧している。もちろん、世界の秘境探訪やスポーツカーの運転も、その人たちにとっては、「人生の下山期」だからこそ、行なっていることなのかもしれない。ただそこで五木が言うように、「いかに逝くか」を配慮し、自分のためではなく、他人のための「宗教的な生き方」を、そのような「元気なお年寄り」たちが少しでも考え、実践したとしたなら、必ずしも、神社や木彫りの弁天様ではなくても、「老人」イコール「若者世代より恵まれている」、「老害」などと「レッテル貼り」されることが軽減され、逆に尊敬と親近感を持たれるのではないだろうか。


参考文献など

■真野俊和「弁天様」桜井徳太郎(編)『民間信仰辞典』1980年(259頁)東京堂出版
■山野辺薫「こんぶくろ池」柏市史編さん委員会(編)『柏のむかし 続』1981年(150−156頁)柏市
■小出義治・山田友治「第三章 奈良・平安時代の集落遺跡 第三節 生活文化」柏市史編さん委員会(編)1997年(577−603頁)柏市教育委員会
■NPO法人こんぶくろ池自然の森とアドバイザー会議(著)『県土と県民の豊かな未来に向けて 千葉学ブックレット 年と自然環境 4:市民の力で湧水自然を守る・柏市こんぶくろ池物語』2011年 千葉日報社
■五木寛之『嫌老社会を超えて』2015年 中央公論新社
■文・野村省代/写真・上松尚之「広尾のお宝:広尾辨天閣」広尾walk制作チーム(編)『HIROO walk』vol. 9 2015年5月号(2頁)広尾商店街振興組合
■「新入会員紹介 菊地衍(みつる)さん」『こんぶくろ池通信』第13号 2015年5月号(4頁)NPO法人こんぶくろ池自然の森(編/刊) 
■「立膝の弁天様」『こんぶくろ池通信』第17号 2015年9月号(1頁)NPO法人こんぶくろ池自然の森(編/刊)
■庄司容子「70代も半数は『高齢者が優遇されすぎ』と回答:日経ビジネス独自アンケート、世代間不公平への不満続出」『日経ビジネス 電子版』2017年5月26日


ライター 鳥飼かおる
下流老人

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