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四十九日の法要に「傘持」をお供えする理由と「ひっぱり餅」との違いを解説

日本人の生活にとって「お餅」は切っても切り離せない存在だ。お正月の鏡餅やお餅つき、一歳の誕生日を祝う一升餅、桃の節句の菱餅、古くは、節分、端午の節句、お盆、田植えに刈り入れ、お祭りと、お餅は日本の行事に欠かせない物だった。日本人は、お餅と共に生きてきたとも言えるだろう。そんな日本人のこの世での最後の行事、お葬式にも勿論お餅は登場する。それが、四十九日に御供えされる「傘餅」だ。今回は、この傘餅について少し調べてみた。


宗派によって異なる傘餅の由来

人間が亡くなってから六道(天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)への行き先が決まる期間を中有、中陰と呼び、その期間の終わりに行き先が決まる日が、満中陰と呼ばれる四十九日だ。曹洞宗、真言宗、天台宗では、この四十九日の法要で「傘餅」と呼ばれるお餅を御霊前にお供えする。


丸い子餅を円形に並び積み上げ、最後に大きな丸いのし餅をのせて傘餅の完成

お餅を積み上げて丸いテーブルのような形にする傘餅は、49個の小餅と1枚の大きな「のし餅」で作られる。まず7個の丸い小餅を円形に並べ、その上に同じ小餅を7個づつ柱にように積み上げて行く。そして、一番上に大きな丸いのし餅を重ね、テーブルのような形にするのだ。その重さは約1升(2キロ)にもなる。


傘餅をお供えする理由も各宗派で異なる

傘餅をお供えする由来や意味には、曹洞宗、真言宗、天台宗、それぞれに諸説があり、満中陰までの49日間の旅をする死者のための食料と傘を表していると言う説や、地獄道へ行く事になった死者のために、お餅をお供えして死者の手足に釘を打たれないようにする説、餅が人間の骨を表し、死者の六道の行き先が決まった時、餅が死者の骨となる説、などが代表的な由来である。


傘餅の持つ意味

お坊様による四十九日の法要が終わると、用意された綺麗な包丁とまな板を使って、お坊様が傘餅の一番大きなのし餅の部分を切り分けて行く。すげ傘、顔、首、腕、脚、胴、杖と、約10パーツに切り分けられたのし餅は、お坊様によって人型に並べられる。それは、すげ傘を被り、杖を持った極楽浄土への「お旅立ち」の姿だ。その姿は、なんだかとても愛らしい。

その後、人型のお餅は遺族の希望に沿って分配される。例えば、お腹の調子が良くない人は胴の部分を、膝の具合が悪い人は脚の部分を、肩が痛い人は腕の部分を頂く。それを持ち帰って食べれば、その部分の調子が良くなると言われているからだ。参列者には、その部分のお餅に小餅が添えらて分けられる。傘餅には、死者のあの世での安らぎを願うと共に、この世に残された遺族の健康を祈願する意味も込められているのだ。


「傘餅」と「ひっぱり餅」の違い

四十九日の法要で登場するお餅には、傘餅の以外にもう一つ「ひっぱり餅」という風習がある。これは、大きなお餅を遺族が一人づつ端っこから引っ張って一口づつ食べるならわしで、死者の成仏を願う食い別れの儀式である。この儀式を境に、遺族は死者と別れ、普段の生活へと戻って行く。

お餅は、古来より慶事に振舞われて来たものであるが、四十九日の法要にお餅が振舞われる事は、無事に一生を終え、遺族に見守られながら極楽浄土へと旅立って行く死者にとって、それが悲しみだけでなく、慶びの儀式と言えるからではないだろうか。


ライター 岡倉
傘餅

傘餅

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