訃報を受け取った後、通夜か葬儀のどちらかには香典を持って行く。この香典、用意するときの表書きは、一般的な黒のペンや墨汁ではなく、薄墨を使うのがマナーである。さて、当然色が濃くきちんとした黒インクの方が文字としては読みやすいのに、なぜわざわざ薄墨を用意するのかご存じだろうか?
文字を『薄墨で書く』ことの意味
香典とは、お線香やお香の代わりに霊前に供えるための金品だ。訃報を受け取った後には現金を香典袋(不祝儀袋)に包み、通夜か告別式のいずれかに持参する。
この香典袋の表書きには『御霊前』『御沸前』など 宗教によって異なる表書きをするが、一般的にこのときには、黒インクや黒い墨汁を使わずに薄墨(グレーに薄まった墨)を用いるとされている。なぜ表書きは薄墨で書かれるのだろうか?これには、薄墨には悲しみを表す、という意味が込められているからだという。
薄墨の一般的な由来としては、
・涙で墨が薄まってしまった
・墨をすっても流れる涙のせいで薄まってしまい、色が濃くならない
・書いた文字が涙で滲んでしまい、色が薄くなった
といった、『悲しみで涙に暮れている』という意味や、
・急なことであったので、する墨も十分に用意することができなかった
・突然のことで、しっかりと墨をすっている時間もなく駆けつけた
といった、『突然の訃報を悲しむ』という意味があるとされている。
こうした哀悼の意、悲しみの意を表すひとつの表現方法として、遺族に差し出す香典の表書きに薄墨を使うのがマナーとして知られるようになったというわけだ。こうした薄墨は香典袋の表書きだけではなく、御仏前へ供える品物や弔事の案内などにも用いられる。
最近は薄墨を使わなくてもよい?
さて、先ほどまでに「香典の表書きは薄墨で書くもの」と述べてきたが、最近はそこまで神経質にならなくても良いかもしれない。
理由の一つは、すでに表書きが印刷されている香典袋が売られていることだ。香典袋は今やコンビニでも売られていることが多く、手に入りやすい。そういった売り場での香典袋は、宗派や水引のタイプなどいくつかの種類が売られているものだが、すでに『御霊前』などと表書きが印刷済みのタイプがあるのだ。この表書きは、やはり黒字印刷のものが多い。わざわざ印刷されているものにとやかく文句をつけることもできないので、たとえ色が濃いからと言って咎められることもないものだ。
また、そもそも薄墨で書く必要性はない、といった考え方があるのも事実だ。昔の人は文字を書くにあたっては墨をする必要があったが、現代においてはペンやインクがあるのだから 文字を書くのに時間がかかることはない。そうすると、わざわざ読みづらい薄墨で書くのもかえって失礼にあたるのではないか、という意見もあるのだ。実際、サインペンなどを使用して表書きをするケースも増えていて、喪主側もほとんど気にしないことが多いようだ。
薄墨での表書きは、「薄墨で書く」行為そのものよりも「悲しみを表したい」という感情の方が重要である、ということだろう。
最後に…
香典の表書きに使われる薄墨には、文字の見た目からも悲しみの意を表したい、という参列者の気持ちが由来となっている。薄墨を使う際には、最近では専用の筆ペンなども文具屋に売っているので、出番が来ないことを祈りつつも、一家に一本あると便利だろう。
ただ現代での香典の在り方や準備の仕方も 昔とは少しずつ変わっているので、あまり神経質になりすぎないようにした方が良いかもしれない。冠婚葬祭に関わる物事は、地域や宗教によっても細かく差があるので、準備をするときにはよく下調べしたいものだ。