日本では、健康を損ねてしまった人への見舞いに、椿の花をタブーとする。その理由の一つに「椿は死者に捧げられる花なので、健康を取り戻すべき病人や怪我人への贈り物にふさわしくない」というものがある。
このように、かつて「死者に捧げられる植物」であるとされた植物としては、様々なものが挙げられる。そうした「死者に捧げられる植物」とされた植物の一つに、「柳」がある。但しこちらは、「死者に捧げられる植物」というよりは、「死者の霊魂が宿る植物」とされた、という方がより適切である。
そもそも柳と死者といえば、柳の下に幽霊が出現するというシチュエーションが、現代の怪談の中でよく語られる。そしてこのシチュエーションのいわば元ネタではないかと思われるもののうちの幾つかが、「柳に死者の霊魂が宿る」とする民間信仰である。
庭に柳を植えるのはタブーとする地域が存在した
例えば、柳を一般の民家に植えることをタブーとする俗信があった地域が、幾つかある。その理由は地域により異なるが、その中には、「柳は寺院・神社や墓などに植える木であるから」というものがある。
また、佐賀県では柳が家の裏にあると、秋田県・和歌山県・山口県では柳の枝が地面に着くと、それぞれそこに幽霊が出現するようになると信じられていた。ここで柳のある場所に現れるとされる幽霊が、その家でかつて出た死者なのか、それとも関係ない死者なのかはわからない。しかし、とにかくこれらの地域では、特定の状態にある柳の木が民家にあると、死者の霊魂が住み着き幽霊となるとして、タブー視する考え方があった。
柳が豊作を願って使用された地域もあった
一方、柳の木や木材としての柳から作られた道具が、幸運をもたらしたり災いを防ぐとする民間信仰も、日本各地にある。そうした中で興味深いのが、かつて長野県を始めとする様々な地域で行われていた、水田に柳の棒などを立てる(あるいは柳を植える)習俗である。
この柳の木や棒は、田の神(実りの神)が宿ると信じられていたが、実はこの「田の神」とは、遠い過去に亡くなった死者の霊魂であるとする説があるのは、民俗学に関心のある人々の間では比較的知られている。
つまり、この「田の神が宿る柳」も、「死者の霊魂が宿る柳」という側面もあるのであり、「柳の下の幽霊」とは、いわば光と影というべき関係であるともいえる。
また、先に述べた「柳を一般の民家に植えることをタブーとした理由」の中には、柳は墓地に植える木だから、というものがあったが、その「墓地に柳を植える」習俗も、「柳に死者の霊魂が宿る」と信じられてきたことと、無縁ではないだろう。
お墓と柳の関係性は様々
墓と柳といえば、もっと直接的な風習も報告されている。
多くの地域で、故人の33年忌や50年忌など、浄土真宗を除く様々な宗派で「弔い上げ」とされる時期に、柳で作られた卒塔婆を墓に建てる風習があったという。この卒塔婆は葉が付いたままの木であり、土に長期間建てておくと根付いた。この柳の卒塔婆が根付いた時に、故人は神や仏となったと信じられた。
日本の庶民文化の中には今も、柳の木に関するポジティブなイメージとネガティブなイメージが、入り乱れて根付いている。そのどちらのイメージも、「柳に死者の霊魂が宿る」と信じられたことに由来するといえよう。
参考文献:柳 (ものと人間の文化史)