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「大切な人を亡くした時、遺骨を食べたいと思った」という話をよく聞くけど

かつて国内最大の石炭産出量を誇り、明治時代から1960年代のエネルギー革命に至るまで、日本の屋台骨を支えていた筑豊地域の方言に「骨噛み」ということばがある。

「葬式に関すること」を意味するものだ。

2011年5月に、ユネスコ世界記憶遺産に選ばれた山本作兵衛の炭坑記録画にも、『骨噛み』と題して、男が骸骨に食らいついているものがある。


「骨噛み」とは哀悼の意を表わす儀式として存在した

本来「骨噛み」とは、宗教学者の山折哲雄が『日本文化の深層と沖縄』(1996年)の中で指摘するように、「近親者や知人が焼きあがってきたホトケの骨を実際に噛んで、哀悼の意を表す言葉だった」という。

21世紀を生きる我々にとって、死者の哀悼のために骨を「噛む」行為・儀式は、「野蛮・前近代的なこと」として忌避される振る舞いであることは言うまでもない。しかし、1975年に封切られた、深作欣二監督・渡哲也主演の東映ヤクザ映画『仁義の墓場』の中に、「骨を噛む」シーンがある。


骨を噛むという行為を実際に取り入れた映画 仁義の墓場

この映画は実在の伝説的ヤクザ・石川をモデルにした「実録物」である。

主人公・力夫は、終戦直後の新宿を暴れ回る、怖いもの知らずのヤクザだった。しかし粗暴かつ衝動的な性格ゆえに、無駄な争いごとを引き起こしてしまうため、組の中でも厄介者扱いされていた。更に逃亡先の大阪で「ペー」(ヘロイン)中毒になり、ますます破壊的な行動を取るようになり、力夫はついに刑務所に収監される。

そんな力夫を支え続けていたのが妻の地恵子だったが、力夫の仮出所直前に自殺してしまう。力夫は火葬場で地恵子の骨を拾う。そしてまだぬくもりが残る骨壺を抱いて、自分の親分の元を訪れる。親分の目前で骨壺を開け、白い骨を乾いた音でぽりぽりかじりながら、激情型の力夫らしからぬ淡々とした調子で、自分の組を興すための金や土地を無心する…。


最後に…

百戦錬磨のヤクザの親分が手を焼いた力夫の行為は、喪いたくなかった地恵子への哀悼の意の激烈さゆえのものだろう。

古来の「慣習」「儀式」ではなく、今日ではむしろタブーとされているにもかかわらず、骨を実際に噛まずにはいられないほど、人を喪ったことを悲しむ思いの深さ、激しさを、命の軽さが問題となっている現代社会の中で、我々は再考する必要があるのではないだろうか。


ライター 鳥飼かおる

映画 仁義の墓場

母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。

母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。

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