仏教施設の中でも高野山と比叡山はメディアで頻繁に紹介される。法隆寺や薬師寺も定番だがそれらの都市型寺院と比べて敷地が広大で尺を稼げるのは大きいかもしれない。だが何よりも密教の持つミステリアスな雰囲気だろう。「密教」何やら不思議で怪しげな響きがある。名称からして秘密の教えと書く。ただの仏教ではなさそうである。期待と少し怖さも感じる。
密教の魅力 高野山や比叡山
先日もバラエティ番組で高野山の特集をしていた。高野山は歴史や神社仏閣ネタ、観光ネタなどで扱われる宗教施設の中で、登場頻度の多さは伊勢神宮と並ぶ双璧だと思われる。高野山は真言密教の祖・空海が開いた密教の聖地である。密教の人気は高い。オカルト的な興味から、願望成就、病魔退散などの切実な願いまで、密教は民衆の様々な要求に応えてきた。チベット密教の人気も定着している。豊富な瞑想のテクニックが、スピリチュアル、ヒーリングなどの分野でヨーガと並び必ず登場する。密教の一方の雄、比叡山の知名度も負けず劣らずだが、こちらは密教に特化しているわけではない。密教といえば空海の真言密教を連想する人が多いはずである。
密教の魅力 仏像美術
仏像ブームというものが周期的に訪れる。密教はヒンドゥー教の神々を吸収統合したので多くの神仏が存在する。毘沙門天、吉祥天ら「天」が付く神々はほとんどがヒンドゥー出身である。曼荼羅を見るだけでも無数の神仏が鎮座しているのがわかり、仏像、神像の種類も多彩である。仏神によっては華美な色彩や装飾がなされており表情も豊かだ。不動明王の憤怒の表情は代表的なものだろう。仏像をアートとして鑑賞することが仏教的に正しいことかどうかは別として、その華やかさ、艶やかさは私たちに仏教の世界に関心を抱かせる。これに対して禅や浄土教は地味である。浄土教は阿弥陀仏が主役で脇侍もいるが、どの寺院もほとんど違いはない。禅は書や庭園など様々な芸術を産んだものの、仏像に関しては無我の境地を表しているだけありやはり地味である。密教美術がなければ、仏像の世界はかなり違っていたものになっていたはずである。
密教の魅力 謎だらけの空海
密教人気のひとつに弘法大師・空海の魅力がある。日本に密教を最初に伝えたのは最澄であって伝教大師と号される。しかし彼は密教を重視しておらず、密教に関してはおまけのようなもので不完全だった。現実世界を変えてくれる密教の呪術性を求めていた風潮とは乖離していたところに、真言密教正統を継いだ空海が絶妙のタイミングで帰国した。この空海、謎だらけの人物である。どこで学んだのかあの時代に漢語、サンスクリット語を操り、見事な詩を書いて中国の役人を驚愕させた。密教の伝承者・恵果は謎の日本人・空海の訪問を待ち望んでいたという。そして他の弟子を差し置いて密教の奥義を授かり、膨大な経典法具らと共に、20年滞在の命令を無視して勝手に帰国した。本来なら重罪だろうが、完全なる密教という国が最も欲していた宝物をちらつかせて結局は重用された。なお、密教の奥義を継いだのは空海だけではなく、義明という僧がいたらしいがほどなくして死んだ。これをもって密教の正統伝承者は空海だけとなり中国では衰退していく。まるで密教を救うために中国に来たようである。彼が構築した密教理論の体系はほぼ完成しきっていて、その後の真言宗は弟子たちによる際立った発展はなかったと言われる。全国各地に奇跡を起こした伝説を残し、オカルト漫画や伝記小説に登場すること数しれず。高野山奥の院には今も空海は生きて瞑想していると伝わる。最後まで物語の主人公のような人物だった。密教の人気に空海という魅力的な人物の存在があることは間違いない。
密教の魅力 加持祈祷
密教の醍醐味は護摩を焚き、不思議な印を結び、呪文・真言(マントラ)を唱える神秘的な所作をもって超常的な力を発揮する加持祈祷である。加持祈祷による不可思議な力は、悟りや極楽往生を説く観念的な禅や浄土仏教にはない、具体的な現世利益をもたらしてくれた。密教僧による加持祈祷で難病を治し、不治の病が完治した話は多い。また密教は無我を説く仏教の中にあって死後の世界や霊魂の存在を明確に認めている。死の向こう側の世界を提示することで、終末期患者へのスピリチュアルケアの分野でも注目されている。他方、加持祈祷や密教僧の「法力」によって病気を治癒したり、各種瞑想技法によって体感できる神秘体験の存在が、霊感商法、インチキ霊媒師、カルト教団らを生み出す温床となった負の側面もあることも忘れてはならない。
科学の向こう側
密教には人が宗教に求めているものが詰まっている。現代科学がどれだけ進歩しても生老病死は免れない「苦」である。癒やし、パワースポットと表現はソフトになっても、その根底には科学を超えたその先の神秘なる世界を信じたい。密教はその声に応えてくれる。そこに潜む危険な側面もまた惹かれる要素なのかもしれない。今日も密教空間・高野山にはたくさんの人が訪れる。