もうそろそろ秋めいてきて、秋の虫が鳴きはじめているこのごろだが、まだ暑い日もあるので、幽霊に関する話をひとつ。「幽霊」といえば、今も昔も「ひゅ~ドロドロドロ」という誰もが知っている効果音であるが、それが通じるのは日本人だけである。なぜなら「ヒュ~ドロドロドロ」は歌舞伎の下座音楽から始まっているからである。
「ヒュ~」は能管 「ドロドロドロ」は大太鼓
「ヒュ~ドロドロドロ」の「ヒュ~」は能管、「ドロドロドロ」は大太鼓で音を出す。歌舞伎の「下座音楽」というのは舞台下手(しもて。客席から見て左側)の格子になっているところから生演奏で出す効果音のことである。「黒御簾音楽」と言ったりもする。
あの「ヒュ~」という音は能管という、本来は能で使われる笛で出すのだが、「ネトリ笛」という。「ドロドロ」は大太鼓で、亡霊や妖怪変化が出てくる場面や動きに合わせて打たれる。人魂にも使われたりする。いずれにしても「この世のものではないもの」に使われる音である。
幽霊やお化けの効果音として「ヒュ~ドロドロドロ」は日本独特
すっかりお化けが出るときの音として定着しているため、昔ながらの日本風のお化け屋敷でも使われているし、テレビ番組の「怖い話」などでも使われる。しかし、この「ヒュ~ドロドロドロ」を聞いて「幽霊が出る」と思うのは日本人だけである。発祥が歌舞伎であるし、「うらめしや~」と出てくれないとどうにも雰囲気が出ない。洋風のお化け、ゾンビやポルターガイストのようなものにはこの効果音は合わないだろう。
ヒュ〜ドロドロは老若男女に通じる
今、日本人であれば老若男女問わず通じる「もの」「こと」というのがなくなってきている。『忠臣蔵』も、今の若い子たちは知らないという。そういえばもう10年以上は年末にテレビで忠臣蔵を見ていない。日本人共通の地域・年齢問わず誰もが知っているもの、というのがなくなっているのである。そんな現在でも「ヒュ~ドロドロドロ」は通じる。不思議なことである。
「音」は案外残るのかもしれない。「締め」でよくやる「ヨォー」の掛け声のあとの手打ちも、日本人は合わせられるが、あれは欧米人は合わせることができないそうだ。
最後に…
「ヒュ~ドロドロドロ」の笛に能管を使うのは、能に鎮魂の意味が含まれているからではないだろうか。これはまた長くなるので別途書くこととするが、能には鎮魂の意味があったという説がある。題材からしてもそういうものが多い。『平家物語』も鎮魂の物語である。
歌舞伎が一部の人達の娯楽となってしまい、見たこともない人が多い現代で、しかもお盆の本来の意味を忘れ、「お盆=夏休み」となってしまった今にあって、幽霊やお化け、妖怪変化が出てくる「ヒュ~ドロドロドロ」だけは「お化けが出る」と日本人みんなが認識しているというのはとても面白い現象なのではないかと思うのである。