燦々と太陽が降り注ぐ中、蝉の声を聞くたびに夏という季節を感じずにはいられない。
蝉の印象として、耳うるさく啼く割には一生が短いイメージも併せ持つ。夏に地中の冬眠から目覚めて地上に上がり、木にしがみついて「ミンミーン、ミンミーン」と泣き続けて、7日間のちに命尽き果てるというのが一般的な印象であろう。地上に出てせっかくの世界を7日間しか見る事が出来ないなんて、なんとも空しい一生だと。
中国の思想家 壮士が遺した蝉についての言葉 「惠蛄(けいこ)春秋を知らず」
そんな蝉にちなんで昔から中国の古い詩人、荘子は「惠蛄(けいこ)春秋を知らず」という言葉を残した。惠蛄、いわゆる蝉は、夏に啼き続け、秋を知らないまま去ってゆくという意味である。
暑さが和らぎ、夕焼けがやけに鮮やかな赤だなぁと感じる頃には蝉の声はいつの間にか聞こえなくなっているものである。
短命の象徴である蝉の一生
蝉は短命で一生懸命鳴いて終わる儚い印象の虫だが、実は幼虫で土の中にいる期間がだいぶ長いため昆虫の中でも長寿の部類に入るようだ。幼虫期に3〜5年、長いもので10年以上も地中で過ごす。木の根の養分を吸収し、脱皮を繰り返して大きくなり、気温が上がった晴れた夜に土の中から地上に上がり、羽化という脱皮を行う。そこで晴れて地上でのミンミーンと啼く成虫となっていく。羽化したときに剥がれた残骸が蝉の抜け殻である。
地上での生活で啼くのはオスだけで、啼き声にメスが寄ってきて交尾をし、子孫を残していく。ミンミーンと懸命に啼くのはオスがメスへの猛アピールなのだ。
蝉は7日間の命なのか!?
蝉の生態は謎が多い。蝉の寿命に関しても飼育が難しいため、解明されていない事が多いようだ。
そんな謎多き蝉だが、2000年代より地上で生きる期間は実は1ヶ月ほどなのではないか!?という説が上がり、2019年6月に岡山県の高校生が蝉の1ヶ月の生存を証明した。
実際、蝉は非常にセンシティブな昆虫で、しがみつく木によって寿命が変わるようだ。居心地の良い木であれば長寿、イマイチであれば短命だったりする。また、気温も関係するようで、猛暑だと寿命が短いのだとか。しかし蝉は地下に長い事眠っているため、地上に出ない事には地上の事情はわからないため、短命が多いようだ。もしかしたら7日間の命もそれが所以かもしれない。
「惠蛄(けいこ)春秋を知らず」に付け加えられたある言葉
中国浄土宗の開祖のうちの1人とされる曇鸞大師は、荘子の「惠蛄(けいこ)春秋を知らず」に「惠蛄春秋を知らず、伊虫(いちゅう)あに朱陽(しゅよう)の節を知らんや、知るものこれをいふのみ」を加えたそうだ。
意味としては『蝉は春、秋を知らない。そのために夏ということも知らないのである。ただ蝉が鳴くのは夏ということを人間が知っているというだけである。』
蝉は夏という限られた状況しか知らないため、夏という存在も知らない。上記に記したように、地上に出ないことには現世を知らないため、限られた時間で懸命に啼き子孫を残して去って行くのである。
一心に鳴き続ける蝉の一生
人の人生も一緒なのではないだろうか。生まれてきた時代は選べない。ただただこの世に生を受けたら。一生懸命歩むだけではないだろうか。
興味深いことに、空蝉を辞書で開くとこの世に生きている人、もしくは現世を指す。古語の現人(うつしおみ)が訛り、転じての由来だとか。偶然なのか、必然なのか、蝉の抜け殻、または蝉自体を仏教では空蝉と呼ぶ。
蝉は地上で短命な可哀想な人生と映りがちだが、曇鸞大師は木でただただ日々「ミンミーン」と啼いている蝉の姿から、欲や雑念を捨ててただただ念仏を唱えればいい、そのように悟ったそうだ。