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【四苦八苦】ヒトとして不可避の苦しみと人として生きていく上で味わう苦しみ

「四苦八苦してようやくローストビーフが出来上がった」なんて、日頃使ったりしないだろうか。どうにか、こうにかして完成にたどり着いたような二アンスを伝えるのに使用したりする。しかしそもそも四苦八苦の語源は仏教用語の一つである。お釈迦さまが6年の苦行の旅を経て「人生とは何なのか」の苦難から悟りを開き、弟子に万人共通の苦しみを言葉として表現したのが四苦八苦だ。


四苦八苦とは

「生きている限りに己に纏わりつく苦しみ」を表したのが四苦八苦である。特に四苦は誰しもが生まれながらに授かる「生老病死」を表し、八苦は生きていくなかで生まれる「愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦」を表す。四苦が生きている上で避けては通れない先天的な苦しみであり、八苦は後天的な苦しみとして、生きながら感じる苦しみとして表現をされたものである。


避けて通ることができない先天的な苦しみ 四苦

まず四苦の四つの苦しみとは具体的にどんなものであるか。

一つ目「生苦」は、生きる事の苦しみを指し、この世に生を授かってから始まる。
二つ目「老苦」は、老いて行く事、老いる事に逆らう事が出来ない苦しみである。高齢になるとともに変化する体力の衰えや見た目、容姿の変化に対しての辛さ、これは誰もが生きているうち避けて通れないであろう。
三つ目「病苦」は、病気に対する苦しみであり、病気、怪我で精神的、経済的に感じる苦しみである。健康なら感じないのではないかと思いがちだが、私の場合は指の骨折で手術、入院を数日しただけで、周囲に迷惑をかけた事、せっかくの貯金が少なくなってしまった事などでかなり絶望を感じたものだ。
四つ目「死苦」は誰でもが訪れる死に対する苦しみをさす。言葉を変えれば、誰もが死から逃れられないのである。余命が宣告され、死期が迫ると多くの人は死への恐怖を感じる。その苦しみは計り知れず、「スピリチュアル・ペイン」と言う死への恐怖から来る心の苦しみ、魂の苦しみを伴うとされる。


生きていく上で生じる後天的な苦しみ 八苦

さらに加わる四つからなる八苦について。

一つ目「愛別離苦」は、愛するものから別れる苦しみである。いつか愛する者・物と別れる日は来ると分かっていても、愛があるからこそその時は辛いものである。また、逆に愛する自分の身体でさえも、最後は形が滅びてしまう。結局は誰もが最後は独りだという事だ。
二つ目「怨憎会苦」は、逆に生きているうちは嫌でも忌み嫌う物・者と接する事をさす。職場には嫌な上司がいたりするが、人間という集団で生活している以上、嫌いな人、生理的に合わない人と会うのは必然の事であり、誰もが苦しむ事でもある。
三つ目「求不得苦」欲しいものが得られない苦しみ、思い通りにならない苦しみをさす。また、欲しい物を得ても、さらにさらにと欲望が増すため、際限なくやってくる苦しみかもしれない。
四つ目「五陰盛苦」は、「色」「受」「想」「行」「識」からなる五陰が盛んである事から生まれる苦しみである。色は肉体、受は感覚、想は想像、行は行動、識は認識であり、これらが盛んであればその分苦しみがあるとお釈迦さまは説いた。


苦しみからは逃れられない 苦しみとどう付き合うか

一つ克服してもまた直ぐに苦しみを感じるのではないだろうか。病苦、もしくは死苦はどんな苦しみか、言葉で言い表せないが、本当に生まれて死ぬまで苦しみ続けるのだろうか。最期「お迎え現象」と呼ばれるとても心地よい感覚の現象を多くの人が体験しているというデータがある。お迎え現象を通じて死への恐怖が和らぐ効果もあるようだ。

苦しみの対義語は「楽しみ」だ。「楽しみ」という言葉は不謹慎だが、どんな苦しみでも心持ち「楽しみ」を意識すると苦しみが楽になるだろう。


ライター
四苦八苦

四苦八苦

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