親しい家族や友人が、故人に一晩寄り添う通夜。だが通夜は人の死を判断するのが難しかった時代の名残でもあった。何しろ、ほんの100年ちょっと前まで、死亡判定はそれほど確実なものではなく、仮死状態の人間を死んだと誤認して葬儀を行ってしまうような事態が発生していたからだ。死亡判定の誤認を防ぐために、死体を監視する必要が生じ、結果的にそれが通夜となった。更に一人で死体を監視するのは怖いので、大勢で陽気に飲食をするようになり、やがて故人の冥福を祈る厳かでまじめな儀式になっていったとされている。
生き返っても以前とは違う様子を見て悪霊のせいだとされた
通夜や葬儀の最中に死んだはずの本人が突然起き上がったなどという事態は、珍しいとはいえ怪談でも笑い話でもなく実際に起きたことだった。死んだと思った人が生き返るのは嬉しい事だったが、そうやって葬儀の最中に生き返った人の性格が以前とすっかり変わってしまう事も稀にあった。
現代であればそれは脳出血や仮死状態による脳の酸素不足等によって、脳の一部が機能しなくなったためだろうと説明をつけることができる。だが、医学が発達する以前、人々はそれを死体の中に悪霊が入ったためではないかと思い、恐れた。
通夜等で死者の枕元や遺体の上に刃物を置く習慣のある地域があるが、それはこの悪霊を避けるためだと言われている。せっかく死の淵から戻ってきたのに、家族から悪霊が入っているのではないかと疑われた人達の悲しみは察するに余りある。
伝染病と早すぎた埋葬によって生まれた吸血鬼
死者の死因が伝染病であれば、感染の恐怖のため、死亡確認は普段以上におざなりになった。欧州における吸血鬼伝承の発生とペストの流行が重なっているのは偶然ではない。何かの理由で墓が暴かれた際に、棺の蓋裏におびただしい爪痕が発見された場合、その死者は吸血鬼になっていて死後も活動していたのだと判断されたそうだが、これは明らかに早すぎた埋葬の事例だ。
仮死状態から息を吹き返して、やっと墓地から這い出したペスト患者が吸血鬼として殺害された事も多かっただろう。時代が現代に近づくにつれ、吸血鬼の迷信は消えて行ったが、依然、死の判断は難しく、早すぎた埋葬自体はなくならなかった。
19世紀の英国で4回にもわたって猛威を極めたコレラも、極度の虚脱や体温の低下などの症状から、早まった死の診断を受けやすい病であったため、英国では『早まった埋葬への危険』という書物が大ベストセラーとなり、人々を恐怖で震え上がらせた。
死後硬直で動く遺体
通夜の際、遺体を見つめていると、遺体が動いたように見える時がある。これは死後硬直によるもので、時には遺体の目が開いたり、遺体が動き出したりする事すらあり、葬儀の列席者を驚かせるそうだ。
だが、医学の発達した現代では、通夜や葬儀の最中に死者が生き返ったり、早まって埋葬されたりするような事態は起こらない。それを知りつつも我々は、死者に寄り添う通夜の晩、故人に「生き返って欲しい」と願わずにはいられない。