銀行に勤めていたとき、個人のお客様の間で、まことしやかに囁かれていた妙な噂を幾度か耳にしたことがあった。
誰でも死亡したあと、銀行に預けてあるお金はどうなってしまうのか心配だろう。しかも自分のお金であるにもかかわらず、死んだらすぐに出金できないのは理不尽この上ないではないか。と、それは誰しもがもっている不満である。もちろん、その手続きを行っている銀行員ですら、納得してそれらの事務処理を行っているわけではないことを、ここで言い訳がましく断っておこう。
死亡届は、銀行にいつ届くのか?
「死亡の届けは、いつ届くの?」
一時期、私が顧客宅へ訪問すると、たびたび受けた質問である。意味がわからなくて、何度も聞き直さなくてはならなかった。
「だから、死亡したら、市役所から銀行に連絡があるんでしょ?」
つまり、死亡すると同時に、市役所から銀行にその旨の連絡が入る。連絡が入った時点で、預金が凍結されてしまうという噂を信じているのだ。市役所から連絡が入るまでに、預金を出してしまわなければならない。預金が凍結されてしまうと、とたんに通常の生活にも支障をきたしてしまうではないか、と、こういうわけなのだ。
役所が死亡した事実を銀行に伝えることは無い
よく考えてほしい。現在この日本において、どこでどんな取引をしようが拘束されることはない。一定の条件が整っていればどこでだって取引は可能だ。その全国のどこで行っているかわからない取引について、いちいち市役所が死亡届を受理するたびに、全ての銀行に案内するだろうか。そもそも銀行はほぼ民間企業だ。それぞれにシステムも違う。そんな作業、はっきり言って不可能だ。不可能だし、役所が莫大な費用をかけてまで、それを行う理由も見つからない。最近はマイナンバー制度のおかげで、その常識も少し変わりつつあるが、とりあえず今はその問題は置いておこう。
葬儀で相続人全員が集まった状態で相続をすませようとするケースが多い
では、預金はどのようなタイミングで凍結されるのだろうか。
預金者が死亡したら、通常は窓口に預金者の家族等が手続きにやってくる。それは、相続手続きを行うためだ。相続は被相続人が死亡した事実を知った日から期限のカウントが始まるので、できれば早く始める方がいい。そういうわけで、銀行に手続きしにくるのも早いほうがいいだろう。
相続は、相続人全員の資料を揃えないといけないこともあって、葬儀で全員が集まっている間に済ませてしまいたいという思いから、面倒な手続きのわりに行動の早い人が多い。
銀行が何かしらのルートで預金者が死亡したことを知ったとたんに口座は凍結
窓口担当者は、死亡した事実を知ったらすぐに、顧客の口座に「死亡コード」を設定する。これでもう、ちゃんと相続の手続きをし終えてしまわない限り、お金を出すことも、入れることも(入れる人はいないと思うが)できなくなる。これをいわゆる「預金の凍結」と呼ぶ。
その他に、例えば新聞などメディアのニュースで知り得た場合や、葬儀の会場案内の看板などで、たまたま知ってしまった場合、ご近所の噂話から知り得た場合でも、「死亡コード」は設定されてしまう。
なんにしても、銀行員にばれた時点でアウトである。その瞬間に預金は凍結してしまったと考えればいい。となると、ある意味、市役所からの情報連携よりも恐ろしいかもしれない。
何も言わずに普通に出金すればいいだけの問題だが…
それを避けるには、何も言わずふつうに出金すればいいのだ。こっそりと、本人のように装って。ここで、気をつけなければいけないのは、もう使うことはないと思って解約しようとすると、確認書類を徴求されてしまうので注意が必要である。ちなみに金額が多い取引時にも確認書類は徴求される。
もちろんちゃんと相続するに越したことはない。あとでばれて、ガッポリ税金をもっていかれるくらいなら、面倒でもはじめに相続手続きを行っている方が、スッキリするし、堂々としていられるではないか。