安土桃山時代の幾つかの城、特に特に近畿地方に残る城の石垣の中には、古い墓石や石仏・石碑などを石材として使ったものがよくみられる。これらを「転用石」と呼ぶ。
では、なぜこうした転用石が使われたのだろうか。また転用石が使われた石垣が、近畿地方に集中しているのはなぜかなどについては、諸説がある。
魂抜き(切断)をして、石垣に用いていた
そしてこうした転用石の中には、意図的に切断されたものも多い。実はこれらが石材として転用された当時の常識では、決して「バチ当たり」ではなかった。転用石となる石碑や石仏などが、意図的に切断された理由については、幾つか説がある。そうした説の中には、むしろ「罰当たり」でないようにするため、こうした「神仏の宿る石」を切断したという説もある。
なぜ、「神仏の宿る石」を切断することが、「バチ当たりでないようにする」ことなのか。
これは仏壇や仏像などの、いわゆる「魂入れ・魂抜き」の仏事を行うことと、同じ理屈であるともされる。この「魂入れ・魂抜き」は、新しい仏壇を安置したり、引越しや買い替えなどをする際などに行われる。浄土真宗を除く(但し浄土真宗でも、実際には、異なる名目での仏事が行われることが一般的だが)多くの宗派の日本仏教では、今でも盛んに行われている。
墓石はそれ自体が御神体ではなく、神仏が宿る入れ物とされていた
つまり、こうした古い暮石・石仏・石碑など「神仏が宿る聖なる石」は、それ自体が「ご神体」でなく、あくまで神仏が宿る「入れ物」である、とする信仰があったというのである。神仏の霊が宿る「入れ物」であるのだから、「魂抜き」、つまり特定の儀式を行なうことで、神仏の霊を「抜く」ことができ、その後は「普通の石」に戻る、ということである。そして、ここでの「聖なる石を切断する」ことは、まさにこの「魂抜き」に当たる、「神仏の霊を抜き、普通の石に戻す」儀式なのであった。
ちなみに、「禍々しい霊力」が宿るとされる石の伝説の例であるが、栃木県の那須に伝わる「殺生石」伝説でも、「石を割ることで、その石に宿る霊魂を抜く」場面がある。この伝説によると、強い霊力を持つ女妖怪「九尾の狐」が退治された後に、彼女の霊が石となって猛毒の空気を発していた。しかし後の時代、「玄翁和尚」という僧によりその石が割られて飛び散り、九尾の狐の霊魂はその石から抜けたという。
魂抜きは特に敵領で使用される場合に念入りに行われた
この「聖なる石から神仏の霊を抜き、普通の石に戻す」ことは、特に敵領にあった「聖なる石」に対しては、念入りに行うべきだとされた、ともいわれる。なぜなら、敵領にあった「聖なる石」に宿る神仏は、いわば敵方の守護神や祖霊であり、自分の側にとっては、怨霊化して祟りをもたらす危険があるとされたからである。そうした信仰のためもあり、「聖なる石」を切断し、敵方を守護する神仏の霊に抜けてもらわないと、転用石にはできなかった、というわけである。
ただ、実際に転用石にされた「聖なる石」は、圧倒的に、自領にあったものが使われていることが多かったともいわれており、むしろ「聖なる石」の呪術的な力を集結させる意味で行われたのではないか、ともいわれている。
そう考えると、そうした自領にあった「聖なる石」を切断したのは、その「聖なる石」に宿る神仏を、他の「入れ物」に移し自分の側近くで祀り、「空っぽ」になった元暮石や元石仏を、石材として再利用した、という説も、成り立ち得る。