科学と神秘。一見相反する概念ながら、時には反発し共存もしてきた。科学技術の粋を集めた宇宙開発の歴史。その先鞭をつけた人物は、唯物論者でありながら神秘主義者であり、宇宙への進出が不死の実現につながるという特異な思想を唱えていた。
【先駆者の予言】想像を数式に変えた「宇宙ロケットの父」の軌跡
およそ半世紀ぶりとなる有人での月の周回飛行による探査プロジェクト「アルテミス計画」の宇宙船が、1970年にアポロ13号が達成した記録を56年ぶりに更新し、人類史上地球から最も遠い地点に到達した。人類の宇宙への夢は尽きることがなつい。
「地球は人類のゆりかごだが、いつまでもゆりかごの中にいるわけにはいかない」
人類の宇宙進出という壮大な夢を空想ではなく現実として「最初」に見た男の言葉である。ロシアの宇宙工学者、コンスタンチン・エドゥアルドヴィチ・ツィオルコフスキー(1857-1935)。想像力が創造力を生むことを彼ほど証明した人物はいないだろう。
彼は金属製航空機の出現を予言し、人類を宇宙に運ぶ理論さえ打ち立てていた。さらに彼の頭脳の中では、地球と月を直接つなぐ軌道エレベーター(宇宙エレベーター)すら実現していた。それらは単なる想像ではなく、冷徹な数式に基づいた学術理論である。彼が発見した 「ツィオルコフスキーの公式」は現代ロケット工学でも使われており、彼は「宇宙ロケットの父」と言われた。世界初の人工衛星スプートニク1号は、国際宇宙観測年であると同時に、ツォルコフスキー生誕150年となる1957年に合わせて打ち上げられたのである。こうして科学史、宇宙開発史にその名を残したツォルコフスキー。だがその才智は科学を超えた神秘的な領域にまで見通していた。
【思想の源流】死を克服し宇宙を支配する:ロシア宇宙主義の衝撃
19世紀末〜20世初頭、ロシアに奇妙な思想運動が起こった。「ロシア宇宙主義(ロシア・コスモリタリズム)」である。科学・哲学・宗教(特にロシア正教)が融合したもので、人類の宇宙への進出、人類の不死・進化。自然への積極的な干渉・制御などを軸とする。要するに科学が進化すれば、人類は宇宙を支配し、死の恐怖を克服するようになるという考え方である。現代のトランスヒューマニズムの先駆けともされている。代表的な哲学者、ニコライ・フョードロフ(1829〜1903)は、人類の科学技術の進歩が、やがては死者の分子を再び集合させ復活させることができるなどと断言した。すると復活した全人類を受け入れるキャパシティは地球にはなく、人類の次の生活圏は宇宙を目指すというのである。
現代の感覚では誇大妄想としか思えないが、ロシア宇宙主義の根底には、人類は神そのものにはなれないが、限りなく近い存在にはなれるとする、ロシア正教の「神化(テオーシス)」の思想がある。そして、ロシア宇宙主義の思想家のひとりとして、ツォルコフスキーも名を連ねていた。
【原子の感覚】石ころから人間まで:意識の連続性を説く唯物論的神秘主義
ツォルコフスキーは宇宙のすべての原子は生きており、物質も精神も根源的には同じという一種の汎心論を唱えた。彼は自身を唯物論者、無神論者だと繰り返し強調している。では物質が生きているとはどういうことか。例えば火山活動や生命の営みを見れば、確かにそれらは「生きている」といえる。だがそのような科学的比喩表現とは異なる。ツォルコフスキーは原子には「感覚」に近いものが存在すると信じていた。だがそれは霊的な何かではない。これは「意識」とは何かという難問に対する回答でもある。意識はいきなり人間に備わったわけではなく、あらゆるものに微量ながらあり、人間はその高度なものであるとする。石などの鉱物にもほぼゼロに近いながら感覚があり、植物には微弱な感覚、動物になるとより明確な感覚が備わり、高度な意識体としての人間になる。つまり宇宙全体が連続体としての意識ということになる。最近はあまり聞かなくなったが、植物には言葉を理解する能力がある、良質な音楽を聴かせると良く育つ…などといった話が散見された。これらはいわゆる疑似科学に近いものだったと思われるが、ツォルコフスキーのいう感覚とはそのようなものだったと思われる。
思想史を概観すれば、そこまで異質な考えともいえない。大きなひとつの「いのち」があり、石ころから人間まで、存在するもののすべてに「いのち」が宿るという考え。例えば大乗仏教の本覚思想「山川草木悉皆成仏」、またはスピノザ的汎神論「神即自然」などに近いものがある。
だがツォルコフスキーは宇宙の意識に神や霊的な何かを想定することはなかった。宇宙全体が意識体であるとする考えは、奇妙な表現だが彼の汎心論は「唯物論的神秘主義」と呼んでいいかもしれない。
【神化への飛翔】地球を脱し超生命へ:ロケットが導く不死の文明
ツォルコフスキーによれば、人類は統合意識体としての宇宙を構成している個別意識体としては、最高位のレベルにある。だが未だ進化の途中段階であり、その先には宇宙への進出がある。なぜなら宇宙全体が進化の途上にあり、その急先鋒が人類だからである。狭い地球に閉じ込められた人類は宇宙的な超生命へと進化していく。そして超高度に進化し宇宙に進出した人類の文明は、病気・戦争、そして不死を実現し死の恐怖を克服している。もっともツォルコフスキーは人間の個別的な死者復活より、宇宙全体の進化に関心を寄せていた。とはいえ、ツォルコフスキーにとって科学の粋であるロケットは、人類の進化(=神化)という神秘的な手段だったことは間違いない。
【結びに代えて】異端の沈黙を破る:現代に蘇るツィオルコフスキーの宇宙哲学
ここまでの概要はツォルコフスキーの宇宙哲学のほんの一端である。ツォルコフスキーの名は科学史、宇宙開発史上のビッグネームであり、それゆえ、このような奇怪な、異端の思想は黙殺されてきた。しかし近年になり、ロシア宇宙主義関連の書籍も刊行されてきている。ツォルコフスキーの哲学やロシア宇宙主義を単なる妄想とみるか、人類の可能性を最大限に広げた思想と見るかは諸兄に委ねたい。
参考資料
■スヴェトラーナ・セミョーノヴァ著/西中村浩訳「ロシアの宇宙精神」せりか書房(1997)
■ボリス・グロイス編/乗松享平監訳「ロシア宇宙主義」河出書房新社(2024)
■拙稿 「トランスヒューマニズム・超人間主義 科学は不死を実現するか」

























