日本人の宗教観の根幹は「祖先信仰」と「神仏習合」にあるといえるのではないだろうか。仏教伝来以後、長い時を経て、神と仏、そして祖先への信仰や供養が複雑に絡み合う独得な信仰形態に至った。その中にあって「死者」との関係も複雑なものになっていった。「仏の正月」もそのひとつである。
地域に伝わる異彩の行事「仏の正月」と新仏の供養
「仏の正月」なる風習がある。これは主に2つの意味があり、辞書に掲載されているのは、正月の三が日を避けた別の日に、仏壇に雑煮を供えたり、墓参りをするものである。正月16日または18日ごろにする地方が多い。もうひとつは、四国地方に伝わる独特の民俗行事で、新仏(にいぼとけ)の正月として、12月初めに行われる(1)。
徳島県立博物館の説明を抜粋すると、新仏(にいぼとけ)とは、その年に亡くなった人のことで、「仏の正月」は新仏が初めての正月を迎えるための行事である。12月初旬に徳島県西部をはじめとして、四国地方中西部で行われる。一例としては、当日、墓前に設けられた棚に供物がのせられ、豆腐と餅米でついた餅や一膳飯(いちぜんめし)、酒一升(しょう)を供える。棚には正月の注連飾りとは違う左縄の注連飾りをつけ、注連飾りには故人の使った足袋を結びつける家もある。墓参には親戚一同が集まり、供物の豆腐と餅が切り分けられる。実際に食べると豆腐や餅を食べると死者に連れて行かれるとされており、渡された人は食べるしぐさのみをして、後ろ向きに投げ捨てる。かつては墓参が終わると棚をナタでなぎ倒し、そのまま振り返らず帰宅したという(2)。
(1)コトバンク「仏の正月」
(2)徳島県立博物館「博物館ニュース」
歳神様を迎える「ハレ」と死の「ケガレ」を分離する知恵
「仏」とはいうが、仏教の経典に基づく行事ではない。仏教というより日本古来の民俗信仰である。そもそも正月とは、「歳神様」を迎える神聖な期間であった。歳神様(年神様)は、一族の祖先の霊が神となって子孫の繁栄を見守ってくれるとされ、その神が一年の初めにその年の健康や豊作を約束してくれるために子孫の家を訪ねてくる。それを出迎える儀式が正月である。正月とは一年の五穀豊穣、無病息災などを神に祈る神事であった(3)。そのような神事というハレの日に、仏事を持ち込むことに忌避感を持つ人もいた。仏事とはつまりは葬式や法事、墓参のことであり、ハレの日に死のケガレを持ち込むことに繋がるからだ。そのため、三が日には墓参りを控え、 正月16日や18日ごろに改めて墓参りをしたり、仏壇に雑煮や餅を供えるという習慣があった。それが「仏の正月」である。一方、年が明けてハレの日が来る前に、死者と正月を過ごしておこうというのが「新仏の正月」である。
(3)拙稿「正月とは日本人が死生観を意識し、最も神仏と近づく日である」
「神棚封じ」との共通点:畏れと慈しみが交錯する死者へのまなざし
「仏の正月」はいわゆる「神棚封じ」の逆構造としても読むことができると思われる。神棚封じは、死のケガレが神に及ばないよう、忌の間は神棚を封印する習慣である。神道では死をケガレとして忌避しているので、葬儀や通夜の際には和紙などで神棚を封じ、死穢が神域に及ばないようにする風習が行われてきた。歳神様を迎えるハレの日に、死や仏事を連想させるものを遠ざける「仏の正月」はこの逆の行為に思える。
「新仏の正月」でも「供物を食べると死者に連れて行かれる」ので、食べるしぐさのみをして投げ捨てる。墓参の最後には棚を壊し、振り返らず帰宅する。これらの行為には、死への忌避、畏れを感じさせる。同時に「死者に正月を用意してやる」という慈しみの儀礼でもあり、畏れと慈しみが同居している風習といえるだろう。
日本人の宗教観の根幹は「祖先信仰」と「神仏習合」だといっても過言とはいえないのではないか。葬式の帰りに家に上がる前には清め塩で「ケガレ」を払うなど、死・死者との距離を持つ一方で、正月は祖先の霊が神となって来訪を迎える。死のケガレを避けつつも、一方で先祖も大切に供養したい。神と仏、祖先の霊が渾然一体となっているのが日本人の宗教観であり、「仏の正月」はそれを象徴した風習といえる。
神・仏・祖先が重なり合う、日本人が紡いできた精神文化の未来
宗教史的に見ると「仏の正月」という風習は神と祖先(仏)の世界を時間的に分けて祀るという、日本の神仏習合文化をよく示している。神を死から遠ざける行為「神棚封じ」と、正月に仏事を避ける「仏の正月」。「ハレ」は神、「ケガレ」は仏。それぞれの役割分担が明確である。さらに盆や彼岸などの死者との交流が加わると、日本人の信仰形態は複雑さを増していく。当の日本人は感覚としてこれらを理解できていたはずなのだが、葬儀離れや墓じまいなどが急速に進む現代において、今後どうなっていくだろうか。
「仏の正月」を知る人も少なくなった。しかし、この風習が問いかけているのは、日本人は死者とどう共に生きてきたのかということである。「神仏祖先習合」ともいうべき、神仏習合と祖先信仰の融合は、精神的に豊潤な世界を紡ぎ出してきた。絶えてしまわないことを願いたい。



























