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平家物語の残酷なナルシシズム 8歳の生を奪った「物語」という暴力

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」の有名な美文で始まる軍記物語「平家物語」は、平家一門への深い慰霊の意が込められた鎮魂の書である。その中でもわずか8歳にして入水した安徳天皇の最期はあまりに悲劇であった。なぜ幼帝は死ななければならなかったのか。

平家物語の残酷なナルシシズム 8歳の生を奪った「物語」という暴力

壇ノ浦に散った神輿:わずか8歳、安徳天皇入水の記録

安徳天皇(1178〜1185)は高倉天皇の第一皇子で、母は平清盛(1118〜1181)の娘の建礼門院徳子(1155〜1214)。つまり清盛の孫で、平家一門が担いだ神輿だった。1185年壇ノ浦(山口県下関市)にて平家と源氏の最終決戦が行われ、平家は壊滅状態に陥った。最期を悟った安徳帝の祖母で清盛の妻、二位尼(1126〜1185)は幼帝を抱き入水した。「平家物語」では、この場面は平家滅亡のクライマックスとして知られている。

安徳帝は「いったい、尼ぜ(二位尼)、私をどこへ連れて行くのか」と尋ねた。 二位殿は涙を流し、 「君は前世のよい行いによって、この世では帝にお生まれになりましたが、悪縁のために御運がお尽きになりました。この国はいとわしい辺地です。あの波の下には、極楽浄土というすばらしい都がございます。そこへお連れいたしますぞ」と慰めた。幼帝は顔を涙でいっぱいにしながら、小さな手を合わせ念仏を唱えた。二位尼は幼帝を抱きかかえると、「波の下にも都がございますぞ」と海底深く沈んで行ったという。わずか8歳(満年齢では6歳)であった。

助命は可能だったのか?二位尼が拒んだ「帰順」と神器の行方

安徳天皇の入水は8歳の幼児にそのような判断があるはずもない。実質的に二位尼と女官らによる無理心中である。源氏軍を率いていた源義経は、安徳帝を生きて捕らえるように命じられていた。仮にも天皇である。しかも幼子。敗軍の将といえど、その後は出家でもさせていたのではないだろうか。年齢が年齢であり、崇徳院のように「怨霊」化のリスクも低かったと思われる。現代の価値観で評価するのは危険だが、清盛も嘆願を受けて頼朝、義経らの命を救っている(最大の禍根となったが)。

では、なぜ出家・助命という選択肢がなかったのか。まず、二位尼という人物のパーソナリティがある。清盛の妻である彼女には、源氏への降伏・帰順という選択肢は存在しなかった。彼女は入水の際に天皇の証である「三種の神器」のうち剣と勾玉を携えていた。天皇の証ごと海に沈めるという暴挙はその激烈な性格と強い意志が伺える。

また、頼朝・義経の助命は清盛個人の裁量だったが、混乱を窮めた壇ノ浦では意思決定者が不在・分散していたと思われる。そこでは誰もが正常な思考を失い様々な思いが交錯していたのだろう。とはいえ、二位尼の最期は堂々とし過ぎており、現代の価値観からすると、幼子の命だけでもどうにかならなかったのかと悔やまれる。

美しき暴力:ナルシシズムが生んだ「滅びの美学」という装置

乱戦の末の壊滅状態では正常な判断はできず、様々な思いが混濁していたことは明白である。それでもなお、この場面には「滅びの美学」による、ある種のナルシズ厶が垣間見える。

日本人には死に対して、沈みゆく夕日のような美しさを見出す感性がある。平家物語はその典型で、「滅びの美学」は日本人の美意識の核にあるものだ。だが、それが8歳の子供に適用された瞬間、美学は暴力に転じる。彼女の「海の底にも都はございます」という言葉は、文学的には非常に美しいが、自分の物語の中に幼帝を組み込んだとも言える。平家の「華麗な滅び」を完成させるための最後のピースとして、安徳天皇が使われた。そのような構造がなかったとはいえないだろう。

あるいは、二位尼個人の心情としても、愛する孫がこのまま生きていても、廃帝とされ辛い人生が待っている。それならいっそ…という思いもあったのかもしれない。これは現代の無理心中事件の動機と同根である。いわゆる「道連れ」の心理構造として、自分が死んだ後、残された子が不幸になるという思い込みから、「この子を残していけない」「一緒に連れていく」という発想が生まれる。極度の絶望状態にあっては、自分の主観的現実が唯一の現実になる。二位尼にとって平家の滅亡はまさに「世界の終わり」であり、安徳天皇を、その厭わしい世界からの道連れにすることに疑問を持たなかった。

現代の無理心中でも、加害者である親が「子を憎んでいた」ケースは少なく、むしろ過剰な一体感・所有感が動機の核にあることが多い。「この子は自分の一部だ」という感覚が極まると、自分が死ぬなら、子も道連れにするという発想が、本人の中では「愛情の行為」として成立してしまい、「滅びの美学」に自分が酔うナルシズムが発動する。二位尼と安徳天皇の関係も、本質的にこれと同じ構造だったのではないだろうか。

現代の価値観でこの場面を断罪することに意味はないのかもしれない。しかし、どれほど追い詰められていても、愛情があっても、子供の生を奪う権限は誰にもない。それ自体は真理であるはずだ。その意味で800年前の壇ノ浦の悲劇は今も滅んではいない。

涙で綴る供養:今も赤間に生き続ける幼帝の魂

ゴールデンウィークで賑わう毎年5月2日から4日にかけて、安徳天皇を祭神とする赤間神宮(山口県下関市)では幼帝を祀る祭礼が行われる。

平家物語にある「小さう美しき御手(小さなかわいい手)」を合わせ、念仏を称える幼子の最期の描写には涙を禁じえない。

平家物語は鎮魂の書である。その文体の美しさは「滅びの美学」としての文学であり、同時に読者には、浮かばれぬ魂に涙で供養させるのである。

参考資料

赤間神宮ホームページ
■角川書店編「ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 平家物語」角川ソフィア文庫(2011)

ライター

渡邉 昇

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