病気になってしまうと、食事、風呂、片付けなど、自分で自分のことがきちんとできなくなってしまいますよね。体が思うように動かせなかったり、頭がクリアに働かなくなってしまうのは、たいそう悔しいことです。ましてや、状態が回復せず悪化……というような重大かつ最終の局面に入ったら、その焦り、悔しさは想像するだけも胸が詰まります。
祖母に施したエンバーミング
当然のことですが、死んでしまったら、まばたき一つできません。死がどういう状態で訪れたのかによりけりですが、生前の面影が損なわれてしまったご遺体や、痛み、苦しみを浮かべたお顔を見るのは、残された者にとってもつらいものです。
筆者の祖母は九十九歳で亡くなったのですが、斎場と本葬希望日の関係で、亡くなった日から葬儀日までにかなりの間ができたので、エンバーミングを施しました。エンバーミングとは遺体に防腐・殺菌、修復、保全を施す技術です。葬儀屋さん経由で施術をお願いしたのですが、翌日、戻ってきた遺体を見て、息を飲みました。すっかり色白になり、しわも心持ち少なく、二十歳は若く見える可憐な顔をした祖母が、白無垢の衣装を着けて棺桶の中に眠っていました。「まぁ、きれいになって!」と思わず声を上げてしまった対面でした。その後はきれいな死に顔のまま、長く過ごした家に1週間近く安置することができ、家族もゆったりと最期の別れができました。
結局火葬するのにエンバーミング?
日本では火葬が一般的ですので、焼いてしまう遺体に、高いお金を掛けてエンバーミングを施すのはもったいないと思う方もいるかもしれませんが、美しく安らかな顔にして差し上げるというのは、故人への、そして葬儀に来てくれる方々への何よりのプレゼントかもしれません。特に、生前からお洒落な方、見た目を気にされる故人だったら、なおさら喜ばれるのではないかと思います。
エンバーミングの発祥は戦争
エンバーミングとはアメリカ発祥の技術で、もともと、南北戦争で戦死した方々の遺体を運ぶ際に使われた技術だそうです。戦死ですから、手脚の欠損などを含む遺体修復技術があって当然ということです。プロのエンバーマーに掛かれば、事故死、事件死などで損傷の激しい遺体でもきちんと縫い合わせ、傷なども見えないように修復されます。日本では阪神・淡路大震災をきっかけに、エンバーミングが注目され始めたといわれています。災害、事件事故等での身元確認を経ての葬儀となれば、遺体の修復と防腐保存の両方が必要となってくるでしょう。ちなみに、エンバーミングを施した遺体には、ドライアイスが不要になります。
遺族は勿論、参列者にとってもありがたいことかもしれません
九十九歳祖母の可憐な死に顔を思い出すと、エンバーミングはありがたい技術だと思います。何より、希望の日取りに望んだ斎場で葬儀ができ、それまでゆっくりと自宅での別れの時間を持つことができたのは、特別な体験だったと感じています。
ここから考えるに、死が突然であった方の場合なども、エンバーミングをご一考いただいてもよいかと思います。せめて美しい顔で、旅立たれる故人との別れの時間が存分に持てれば、ご遺族の無念の思いが少しはいやされるような気がいたします。