福岡県北部の鞍手郡(くらてぐん)に伝わる、「歌い骸骨」という民話がある。
正月の節会(せちえ)踊りの際、『曽我兄弟討ち入りの場』の出し物で八尋村(やひろむら)のイキが主役を演じ、そのあまりの美しさ、演技のすばらしさで、今日で言うアンコールが叫ばれるなど、大喝采を浴びていた。その様子を見ていた剣村(つるぎむら)のカツは、前々からイキを憎んでいたことから、村の仲間と一緒に「イキを殺せ!」と騒ぎ出した。それを恐れたイキは衣装をつけたまま、会場から逃げ出した。カツは川沿いを逃げるイキを追い詰め、顔の皮をはぎ、首をはねて殺してしまった。更に死体が見つからないように、石の下に隠した。
歌い骸骨とは
それから1年後、節会踊りの時期となり、当時を思い出して暗い気持ちになっていたカツだったが、偶然にも、イキを殺めた川の近くを通りかかった。すると、辺りには誰もいないのに、
うつつには あとなきしるし
たれにかは とわれじなれど
うたいあかさん
と、鈴を振るような美しい歌声が聞こえてきた。しかも、イキを埋めたはずの石の上に髑髏がある。「イキの髑髏か!」。歌声を耳にしながらカツは、「どうせオレはしがない百姓だ。これを持って、都へ行こう!」と、金儲けを思いついたカツは、髑髏を手に、そのまま村を飛び出した。
10年の時が経った。八尋村にも、都でカツが「歌い骸骨」の見世物で大儲けしているという噂が届いていた。それを聞いた村の庄屋は、「全財産をかけて、反対してみせる!骸骨が歌うなんて、そんなバカなことはない!」と一蹴した。それを聞いた村の若者が、「本当に全財産をかけるんですか?」と念を押したところ、庄屋は、「もし、骸骨が歌わなかったら、カツの首をもらう!」とまで言い切った。それを聞いた若者はわざわざ都に出向き、カツを探し出して、庄屋との賭け話を伝えた。するとカツは喜んで、髑髏と共に帰郷した。
庄屋の屋敷には、興味津々で多くの村人が詰めかけている。カツは得意満面の様子で、桐箱からイキの髑髏を取り出し、みんなの前に置いた。しかし何故か、いつまでたっても髑髏は歌おうとしない。
「おのれ、騙り者め!」
庄屋は怒り、その場でカツの首をはねた。すると、それまで黙っていた髑髏が突然、美しい声で、「やっと、これで恨みが晴れました。私はカツに殺されたイキでした。仇を庄屋様に打っていただいて、安心しました」と歌った。
似たような話はグリム童話にもあった
歌う髑髏、しかも歌に乗せて理不尽な形で命を奪われてしまったことを暴露する話は、福岡県の鞍手郡に限ったものではない。友人知人に限らず兄弟姉妹・継母と継子・夫と妻・主人と召使い、または見ず知らずの者同士などとの対立構造をモチーフに、日本国内のみならず、世界中に多く見られるという。例えばグリム昔話にも、類似の話がある。
ある国の王様が、農民の畑を荒らしたり、家畜や人を襲ったりする大イノシシに悩んでいた。そこで、褒美として自分の一人娘を嫁として与えるとお触れを出した。そこへ、貧しい兄弟が名乗りをあげた。兄は普段から小ずるいところがあり、なおかつ威張ってばかりいたが、弟はお人好しで、のんびりした性格だった。大イノシシが棲む森に2人がたどり着いた時、兄は太陽が沈む方から、弟は太陽が出る方から入った。弟がしばらく歩いていると、向こうから黒い槍を持った小人がやってきた。小人は弟に、「おまえは悪気がなくて気立てが優しいから、この槍を与えよう。これがあれば、イノシシを退治できる。おまえも怪我をすることはない」と言って、去って行った。
またしばらくすると、イノシシが弟めがけて一目散に突進してきた。弟は武芸が得意なわけではなかったが、槍を一心不乱に振り回していると、うまくイノシシに突き刺さり、絶命した。そこで弟はイノシシの死骸をかついで、森の出口に向かって行った。
理不尽に対する過去からの復讐
一方、「太陽が沈む方」の入り口には、家が一軒あった。そこでは人々が大勢集まり、踊ったり、酒を飲んだりしていた。兄は「イノシシがすぐに逃げ出すことはあるまい」と、一杯景気づけをしていた。そこに、弟がイノシシをかついで歩いて行くのを目にした。兄はうらやましいやら、妬ましいやら、胸が張り裂けそうになった。
そこで慌てて弟を呼び止め、一緒に一杯やろうと誘った。夜遅くまで飲んだ後、2人は家を出て、王様のもとに向かった。そして、小川にかかった橋の前に来た。兄は弟を先に渡らせた。そして背後から弟を殴った。弟はそのはずみで橋から転がり落ちてしまった。弟が死んだことを確認し、兄は弟を橋の下に埋めた。
その後、兄はイノシシをかついで王様の前に出た。喜んだ王様は約束通り、兄に姫を娶らせた。兄弟を知る人々は、弟はイノシシに殺されたのだろうと思い、特に気にすることはなかった。
数年後、ひとりの羊飼が羊の群れを追ううちに、弟が亡くなった橋の前にたどり着いた。橋から川を眺めると、砂にうもれた、雪のように白い骨に気がついた。角笛のいい吹き口が見つかった!と喜んで骨を拾い、削って角笛につけてみた。吹いてみたところ、吹き口が突然歌い出したのだ。
もうし、もうし羊飼
おまえはおれの骨を吹く
兄貴はおれを打ち殺し
橋の下へとうめといた
王の姫御を貰うため
荒れイノシシが欲しくなり
羊飼は不審に思い、角笛を王様に届けようと決めた。王様の前でも角笛は、同じように歌った。そこで王様は部下に命じ、橋の下を探索した。すると弟の骨が残らず現れた。怒った王様は兄を捕らえ、袋の中に閉じ込めて、生きたまま水に沈めた。一方の弟は王様によって、立派なお墓に手厚く葬られた。
今日、髑髏モチーフのシルバーアクセサリーやTシャツなどが、若者世代を中心に世界中で流行っている。しかし実際に、剣村のカツやグリム昔話の羊飼のように、人間の髑髏や骨といった「実物」を目にし、それを持ち歩いたり加工したりするなど、到底ありえないことである。だからこそ「ファッション」のモチーフになっているのかもしれない。逆に、昔であれば、多くの人々が髑髏や骨を、日常生活のどこかでかなり頻繁に目にし、触る機会があったということなのだろう。
過去からの復讐は現代でも起こっている
今となってはすっかり忘却の彼方となってしまった、今年の7月23日から8月8日までの東京オリンピック、そして8月24日から9月5日までの東京パラリンピック開催直前に、思わぬトラブルが発生した。開会式の音楽を担当していたミュージシャンの小山田圭吾(1969〜)、開閉会式の演出に関わっていた、元お笑い芸人の小林賢太郎(1973〜)、そしてオリンピック関連の文化プログラムに出演予定だった絵本作家ののぶみ(1978〜)の「過去の発言」が露見し、ネット上で大炎上となり、辞任騒ぎに追い込まれた。
これら一連の騒動を受け、7月22日に、新潮社出版部長でコメンテーターとしても知られる中瀬ゆかり(1964〜)が、出演しているテレビ番組の中で、「私の中でも、ふと過去からの復讐というか、過去の恐ろしさというのを考えさせられる話でしたね」と語っていた。
最後に…
「歌い骸骨」のカツ、グリム昔話の兄、そして小山田圭吾ら、東京オリンピック・パラリンピック関係者に限らず、中瀬が指摘するように、我々ひとりひとりにも、「つい、カッとなって…」、または「軽いノリでやったこと」や、自身のコンプレックスへの「葛藤」や「反動」による、つまらない「武勇伝」語りを含め、人には知られたくない「黒歴史」が存在する。しかも時と場合によっては、中瀬が言う「過去からの復讐」を受けることもあるのだ。そうならないように、日々我々は、「他者」と比べて「ダメ」「バカ」な自分自身のありようを受け入れ、肯定し、なおかつ至らぬところがあれば顧みて、「自分のため」の努力を怠らず、心を清明に保ち続けたいものである。
参考資料
■グリム兄弟(著)関敬吾・川端豊彦(訳)『グリム昔話集 第2』1958年 角川書店
■加来宣幸『【新版】日本の民話 30 福岡の民話 第1集』1960/2016年 未來社
■花部英雄・小堀光夫(編)『47都道府県民話百科』2019年 丸善出版
■「小山田圭吾さん 東京五輪作曲陣から辞任 大会組織委が正式発表」『NHK NEWS WEB』2021年7月20日
■「絵本作家のぶみさん、五輪文化プログラムへの出演辞退…腐った牛乳を教師に飲ませるなど不適切な言動」『読売新聞オンライン』2021年7月20日
■「【全文】小林賢太郎さん『愚かな言葉選び間違い』五輪開会式の演出を解任」『東京新聞 TOKYO Web』2021年7月22日
■「ユダヤ人団体、小林賢太郎さんを非難 五輪開会式、演出チーム『ユダヤ人大量惨殺ごっこ』」『東京新聞 TOKYO Web』2021年7月22日
■「中瀬ゆかりさん、小林賢太郎氏解任に『過去からの復讐というか過去の恐ろしさというのを考えさせられた』」『スポーツ報知』2021年7月22日