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厄年の厄落としは神社とお寺ではどう違う?厄除けと厄払いの違いは?

厄年の一覧表を見て、今年は自分が前厄に当たると知った。これが3年続く厄年の始まりだと愕然とする。厄年とは人生の節目であり、社会的または肉体的な過渡期である。1年間災難が起こりやすいと言われている。安泰な日々を望んでおり、厄介なものは起こって欲しくない。気にするなら、祈願を受けてお札をいただき、部屋に置き神の御加護を受けるべきであろうか。


神社は厄払い お寺は厄除け

神社では「厄払い」を行う。厄払いは、自分に取り憑かれた厄を払い落とすというものだ。寺では「厄除け」を行う。厄除けは、自分に厄が来ないようシールドを貼るようなものだ。寺の多くは護摩を用いて祈祷を行う。


護摩祈祷とは

多くの寺では室内、本尊の前に設けられた護摩壇と言われる炉にてお供物を授け、お経を唱えて神様をお招き歓迎し護摩木と呼ばれる願い事が書かれた木を燃やし祈祷する勤行である。主に天台宗・臨済宗などの密教系の宗派が行っている。神様を護摩壇に招く所作を行うのが、高い位、深い知識を持った僧侶であり、逆にその作法から秘密仏教、略して密教となったようだ。

余談ではあるが、コロナで話題になった「蜜」の意味には隙間がなく、ぴったりとくっ付いている。細かい。他には「ひそか」とされている。仏教で「密」を探っていくと万物の裏にある神秘性に重きを置いており、13世紀のインドでは秘密仏教として教理の研究に重点を置いていたそうだ。密教のお経で唱える真言はサンスクリット語が元であり、日本語を普段使用している私たちには呪文のように感じるのはそのような経緯があるからだ。


護摩祈祷の儀式

儀式としては、護摩の特徴である炎を用いる事で荘厳な空間の元、不浄なものを焼き尽くす事で清め、煙をあげる事で願いが天に届くとされている。

日本では護摩祈祷の神様として大日如来の化身とされる不動明王が多い。確かに、不動明王を描くものには炎を背後に描いている。不動明王は現世に派遣され、人々の煩悩を断ち切り苦しみから救い出すとされている。顔は恐いが、実は人間の苦しさに寄り添い、護摩を通して厄を消除し無難に一年が過ごせるよう働きかけてくれている。


厄年の数え方や厄除け・厄払いの方法に決まりはない

厄年は科学的な根拠は無く、さらに数え方や厄除け・厄払いの方法は地域や寺社によって様々である。ただ、平安時代にはそのような概念があった。厄年は陰陽道が始まりのきっかけとなっている。また、護摩祈祷も平安時代より続いている儀式である。

どの時代の人々の人生に置いても藁にもすがる程の災難が続く時期というのがあるのであろう。気になるなら「厄除け」または「厄払い」を受け身に降りかかる災難を避ける術を持つ事が良さそうだ。


厄除け・厄払いは立春までにいくとよい

寺社での祈祷をお願いする場合は立春までにいくと良いとされているようだ。(勿論、年中通して祈祷は行っている所がほとんどである)

私は今年に置いては「陰徳あれば良報あり」。全集の前ではなく陰で良い行いを積み重ねていけば、必ずいい事がある。まずは、トイレ掃除から始めてみようかと思う。


ライター

記事掲載日:2021/01/28

厄除けお守り

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